パネルディスカッション

『御遷宮と日本文化〜遷宮に秘められた意味をめぐって〜』

宮田 浅野さん、今4人の方のお話を、なぜ?変えるのか、式年遷宮をするのかという話を聞いてどう思われましたか。

浅野 精神的に人心を掌握しその力を次の世代に見せるための儀式なのかな、と。それをすることによって、ある種自分たちの安寧が求められるみたいな。でも20年ごとにやるんだったら同じものじゃなくて。

宮田 違うものをつくればいい(笑)。

浅野 もっと技術だって進んでいるのだから、もっとガーンとやってもいいじゃない(笑)みたいなことを思うんですけど。でも今思うと御殿の茅葺きの〝茅〟は少なくなっている。茅葺きをつくる技術もだんだん伝承できなくなってきていて、日本ってどんどんどんどんそういったものが、植物とか人間の技術であったりとかそういうものがいずれ無くなるから、それをさせないために、阻止するためにわざと昔のものを残すようにしていたのか。昔の人は偉大だなと感じます。

錦田 神宮に奉仕される人たちがよく口にされるのは、「大御神がいらっしゃる御殿が清らかに一新されれば神々がまた若返って神威が格別に発揚される。そしてそれに応じて国や地方が、私たち国民がみんな更なる発展をして次の世代へと進んでいく…」という言説です。考えてみれば、大変悲しいことに私たちの一生は一方通行ですよね。行ったきりの人生です…。どんなに偉い人も賢い立派な人も、お金持ちの人もやがて土に還ります。でも、変わらない何かを永遠に伝えていくためには、原点、原初に還ることで更新して、次の世代に魂を伝えていく。文化を伝えていく。生命の連続性を鑑みて歩む、これは日本人の知恵ではないかと思います。

櫻井 一方的に流れていく時間の観念ともうひとつ、繰り返し流れる丸い時間の単位というものがあると思うんですね。先ほど黒田先生が「祭りが目的だ」とおっしゃいましたが、私とても大事な考え方だと思います。日本では春のお祭りというのは、これから一年、「上手く稔りますように。お米ができますように」という願いを込める儀式が多いんです。それに対して秋のお祭りというのは、十分に稔りを得たことへの感謝、祭りをすることが目的、それ自体に意義があるという。そういう観点で神嘗祭、そして遷宮祭を捉えて頂くといいんじゃないでしょうか。

宮田 式年遷宮。これは1300年続いた日本民族の、ずっと続いてきた民族の最大のお祀りだと私は認識していますが、残念ながらご存知ない方が最近出て来られました。この式年遷宮に、現代の日本人はどういうことをそこから酌み取り、学んでいけばいいのでしょうか。

新谷 錦田さんがおっしゃったように人間の命には限りがあります。ということは、できる時にやっておいて、次の人に伝えておく。これが一番大事だと思います。次の世代を育てる。ということで一種の駅伝のような。マラソンがギリシャ発祥としますと、駅伝は日本からと考えると、この遷宮も伝えること、そしていい時もあれば悪い時もある、でも頑張ろうという。自分ひとりだけで生きているんじゃない、生命のチェーン、鎖のひとつなんだということを思わせて頂くものだと思いますので、もっとやはり国民的な知識にしたほうがいい。

櫻井 1300年も続いてきたというのは本当に長い歴史ですよね。私、遷宮について、ひとつの知恵というのは「持続可能な発展とは何か」ということを地球レベルで考える機会になればいいなと思います。

黒田 何かを知るということは役に立つために知るのではなくて知りたいから知る、知ったら嬉しい。だから先ほどのお祭りが目的化するという話と同じです。式年遷宮というものがある、出雲大社もそうですが、そういう機会に日本文化の根幹を知る、そして何らかの形で参加する。そのこと自体に喜びを感じて頂けると、もっとイキイキと生きていけるのではないかと思います。

錦田 日本人が考えてきた「永遠とは何か」ということを、遷宮をとおして私たちひとりひとりがもう一度思いをいたすことが大事ではないでしょうか。例えば毎年お正月にお札を取り替えること、櫻井先生のお言葉を借りればこれは円の時間軸といえるでしょうか。新しいお札を受けて、お家の神様の神威のよみがえり、更新を期する。これは実は遷宮にも繋がってくることでしょう。この原点に還ることによって永遠に生成発展をしていくという観念が大事だと思います。来年は、国つ神の中心である大国主大神が鎮まる出雲大社が60年ぶりの遷宮を迎えられます。そして、天つ神の中心であろう天照大神の伊勢神宮が共々に遷宮されます。これは日本の国が今、先の東日本大震災を経て、原子力汚染など様々な国難に直面する中で、もう一度国を挙げて力強く魂の甦り、再生を果たす祈りにつながっているのではないかと…。明るい未来へ向かって、真の復興復旧、元気回復を目指して、大きく歩み出すとても大切な一年ではないかと思っています。

宮田 1300年前、式年遷宮が始まったとします。そうしますと、その時に始められた方々と私たちは血が繋がっているんです、同じ日本人ですから。先人がずっと歩んできた道というのをもう一度振り返って、そしてそれを未来に向かってひとつの糧にできたらいいなと私は思っています。