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【東京エンタメ堂書店】

谷野デスク 今年のイチ押し 「この世界の片隅に」

 「君の名は。」や「真田丸」など、映画やドラマの当たり年だった2016年。漫画でもこの2カ月間で40万部を記録するヒット作が出ているのをご存じでしょうか。『この世界の片隅に』。映画化で再評価された名作を今年の締めくくりにお届けします。 (運動部総括デスク・谷野哲郎)

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◆戦時下で続ける日常 広島、呉が舞台

 ああ、こんな作品があったんだ。誰かに教えてあげたい。読了後、そんな気持ちになれる本です。こうの史代(ふみよ)さんの『この世界の片隅に』(双葉社、(上)(中)(下)各七〇〇円)は、戦時中の広島と呉を舞台に、大切なものを失いながら、懸命に生きていく主人公・すずを描いた物語です。

 この作品は二〇〇七年から〇九年にかけて、漫画アクションで連載。大ヒットとまではいきませんでしたが、〇九年には文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。知る人ぞ知る名作と評価されていました。

 ところが、同名のアニメ映画が今年十一月に公開されると、人気が沸騰。発売元の双葉社は「それまでの発行部数が五十万部。それがこの二カ月で版を重ね四十万部ですから…。年明けには累計百万部を突破するのでは」と驚いていました。

 主人公のすずは絵を描くのが好きな十八歳。一九四四(昭和十九)年、急に決まった縁談で呉に住む海軍文官・周作のもとに嫁ぎます。つつましくも楽しい新婚生活は次第に戦争一色に。不足する食料、呉を何度も襲う空襲。すずはいくつもの悲しみの中、八月六日を迎えるのです。

 この作品の魅力は、当時の人々の暮らしぶりを丁寧に描いていること。節約のため、梅干しの種をいわしと煮て調味料にするなんて、初めて知りました。もう一つの魅力は、すずの天真らんまんな人柄。戦時下でもユーモラスに、たくましく生きていく彼女の姿に心が揺さぶられました。最終回「しあはせの手紙」は涙なくしては読めません。

 筆者がこうのさんを知ったのは、本紙整理部・野村修平デスク(48)から薦められた一冊の漫画からでした。『夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国』(双葉社、八六四円)。帰りの電車の中で読み、涙が止まらなくなりました。

 「夕凪の街」は原爆投下から十年後の広島が舞台。主人公の皆実(みなみ)は働きながら、母親と二人暮らしをしています。職場の打越さんから好意を寄せられますが、素直に応じることができません。「桜の国」は皆実の弟・旭のその後と家族を描いた物語です。

 広島出身のこうのさんは六八年生まれ。『この世界の片隅に』のあとがきでは『この作品では、戦時の生活がだらだら続く様子を描く事にしました。そこにだって幾つも転がっていたはずの「誰か」の「生」の悲しみやきらめきを知ろうとしました』と記しています。彼女が伝える市井の人々の戦争は「生きる」と力を込めなくても、ただ「生きている」ことが大切だと教えてくれてました。

 今回は「箱根駅伝」に関する小説を紹介するつもりでいましたが、同じく整理部の鈴木薫デスク(48)からも絶賛され、予定を変更しました。本紙でもファンが少なくない『この世界の片隅に』。本年のナンバーワン作品として自信を持ってお薦めします。

 

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