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【東京エンタメ堂書店】

<江上剛のこの本良かった!>気分は お伊勢参り

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【見る】日々の表情を写真で

 二〇一六年五月、サミットが三重・伊勢志摩で開催され、G7首脳がそろって伊勢神宮を訪問した。そのせいではないだろうが、義母(87)が伊勢神宮にどうしても参拝したいと頼む。願いをかなえてあげようと、妻と三人でお伊勢参りと相成った。

 伊勢神宮には内宮(ないくう)と外宮(げくう)がある。天照大御神(あまてらすおおみかみ)が祭られているのは内宮だが、ここだけ参拝して済ますのは「片参り」と言い、良くないこととされる。そのため外宮、内宮の順に二日かけてゆっくり参拝した。

 五十鈴川で手を清め、玉砂利を踏みしめつつ杉の巨木の中を義母の手を取って歩く。なんとも言えず清澄な気分になり、かつ不思議な高揚感があるのは、やはりこの伊勢神宮は特別な場所なのだろうか。せんぐう館で歴史や日々の行事の詳しい説明を受けた。千三百年の昔から、一日も欠かさず祈りの行事が行われていることに、非常に感動した。

 私たちの感動をそのまま本にしたようなのが、<1>稲田美織『水と森の聖地 伊勢神宮』(小学館文庫、八二三円)だ。著者はニューヨークを中心に活躍する写真家でエッセイスト。「神路山の端がうっすら茜色(あかねいろ)に染まり、太陽が光の一筋を降ろす」という色彩豊かな名文から始まるエッセーは伊勢神宮の空気を見事に伝え、収められた写真はいつまで眺めていても飽きない。古式ゆかしい行事から日々の森の変化まで数多くの神宮の表情を美しくとらえ、参拝時の感動が蘇(よみがえ)ってくる。

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【笑う】25年続く みそか寄席

 内宮に参ったら、おはらい町とおかげ横丁を散策するのが楽しい。おかげ横丁には、てこね寿(ず)しで有名な「すし久」がある。創業は天保年間とあるから約百八十年も前。木造で漆喰(しっくい)壁の、昔の旅籠(はたご)を想像させる堂々とした店構えだ。

 この「すし久」の店先に毎月、月末(晦日(みそか))の午後七時、大きな提灯(ちょうちん)が灯(とも)るのをご存じだろうか。「みそか寄席」の始まりを告げる提灯なのだ。四代目桂文我師匠が主催する落語会で、毎月末開催なので「みそか寄席」。

 落語を聞いたことがない義母を連れて行く。参拝の疲れが残り、居眠りするのではないかと心配したが、大いに笑っていたので私もうれしくなった。このみそか寄席は、なんと三百回、二十五年も続いている。<2>四代目桂文我『伊勢内宮前おかげ横丁「みそか寄席」三百回達成−足かけ二十五年の軌跡』(青蛙房(せいあぼう)、二一六〇円)は、その記録だ。長く続ける苦労話やツバメが落語を聞きに飛び込んできたほほえましいエピソードなどが満載だ。

 そして落語好きにうれしいのは、これまで語られた演目がずらりと並んでいることだ。第一回の「ちりとてちん」「寝床」から第三百回の「試し酒」「天狗(てんぐ)裁き」まで。ああ、なんと演目の豊富なことか、と日本の庶民文化の奥深さに感心することしきり。

 桂米朝師匠が復活させ、桂文我師匠が磨きをかけている長編落語「地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)」も語られている。お伊勢参りの楽しみに「みそか寄席」に立ち寄るのをお勧めする。

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【考える】「おもてなし」の原点

 私の故郷には「伊勢講」という集まりがある。講を作り、皆でお金を出し合ってお伊勢参りをしているのだ。江戸時代から続いているのだが、<3>金森敦子『伊勢詣と江戸の旅−道中日記に見る旅の値段』(文春新書、七五六円)は、江戸時代の庶民の旅の詳細を描いて興味深い。

 江戸時代、庶民は勝手に土地を離れることはできなかった。しかし「伊勢詣を理由に、大手を振って旅にでかけていった庶民は多かった」と著者は言う。貧しい生活の中で旅行資金を貯(た)め、伊勢では何十両と神宮に奉納し、遊興に一気に散財する庶民たち。彼らにとってお伊勢参りは解放感に満ちたカタルシス(心の浄化)だったのかもしれない。日本人の旅好きやおもてなしの原点はお伊勢参りにあり、といえるだろう。新年の旅の伴にしたい一冊だ。 (えがみ・ごう=作家)

 ※二カ月に一回掲載。

 

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