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【東京エンタメ堂書店】

<江上剛のこの本良かった!>沢木耕太郎 ボクシング3作

 井の頭公園をジョギングしていると、元ボクシング世界チャンピオンの輪島功一さんに会う。ボランティアで公園の清掃をされているのだ。上下とも白のジャージー姿。私が行くと必ずお会いするからきっと毎日のことなのだろう。頭が下がる。「おはようございます」と挨拶(あいさつ)すると、にこやかに「おはよっ」。立ち止まってボクシングの話題で盛り上がる。

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◆リングの叫びに奮起

 沢木耕太郎さんの<1>『敗れざる者たち』(文春文庫、五六二円)の「ドランカー<酔いどれ>」の章には、輪島さんが登場する。一九七六年二月のWBA世界ジュニア・ミドル級タイトル・マッチで、チャンピオン返り咲きを狙って韓国の柳済斗と戦う場面から始まる。予想は圧倒的に不利。しかし輪島さんは逃げずに戦う。十五ラウンドを攻めて攻めて戦い抜き、柳をノックアウトした。

 私はこの試合をよく記憶している。大学留年が決まり、失意の時だったのではないだろうか。輪島さんが「これが日本魂というものです」とリング上で叫んだ時、私もがんばるぞと決意したものだ。

 本書には六編のアスリートの人生の陰が描かれているが、「クレイになれなかった男」のモデルはカシアス内藤。アメリカ黒人の父と日本人の母のハーフで、世界チャンピオンになれる才能を持ちながら「望みつづけ、望みつづけ、しかし“いつか”はやってこない」(同書より)、燃え尽きないタイプだった。そんな内藤に著者は失望するが、カムバックすると聞き、燃え尽きる姿が見たいと並走する。

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◆熱い「人生の復活劇」

 その様子を克明に描いたのが<2>『一瞬の夏』(新潮文庫、(上)(下)各七二四円)だ。

 そのころ、著者は仕事に失敗し、アメリカに旅立つ計画をしていたが、カシアス内藤のカムバックを知り、信じられない思いを抱く。なにせリングを離れて四年も経(た)つのだ。著者は内藤の自宅を訪ね、練習も見て「本当にやる気なのだ」と確信し、カムバックを見届ける決意をする。

 そこに登場するのはエディ・タウンゼント。数多くの世界チャンピオンのトレーナーだ。かつて内藤に世界チャンピオンの夢を託したが叶(かな)わず、諦めきれないエディは、彼の復活に人生を懸ける。ボクシングに関心がない人も、男たちが人生の復活という夢に向かってがむしゃらになる姿に熱くなるだろう。

 読後、カシアス内藤の現在を調べてみた。彼は今、家族にも恵まれ、ボクシングジムの経営者として後進の育成に努めている。そのことを知り、ほっとした。彼は人生という長い戦いに勝ったのだ。

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◆夢、燃え尽きるまで

 <3>『春に散る』(朝日新聞出版、(上)(下)各一七二八円)は、著者のボクシング・ノンフィクションを集大成したような小説だ。主人公は世界チャンピオンになれなかった男。アメリカに渡りホテル経営に成功するが、病を得て、いつ余命が尽きるかもしれない。

 彼はかつて同じボクシングジムで四天王と呼ばれた仲間に会うために帰国する。仲間たちは夢破れて失意の中で暮らしていた。彼は「チャンプの家」というシェアハウスを作り、仲間と共同生活を始める。偶然、彼らは才能ある若いボクサーに出会う。四人は若者を世界チャンピオンにしようとするのだが…。

 「俺たちは、元ボクサーという以外の生き方があるんだろうか」と彼は自らに問いかける。このセリフは、私に切なく迫ってきた。四人を私たちの世代に重ね合わせてみると、「企業戦士という以外の生き方があるんだろうか」ということになるからだ。

 私たちの中で夢に破れていない者などいない。企業社会で誰もチャンピオンになれやしなかった。誰もが何かをやり残している。もう一度、昔の夢を追いたい。やり残したことをやり遂げてみたい。たとえ再び敗れても後悔しないだろう。燃え尽きたいのだ。本書は私たちの世代のそんなもやもやした不完全燃焼感を晴らしてくれるファンタジー小説だ。読後、「ねがはくは花のもとにて春死なむその如月(きさらぎ)の望月のころ」という西行法師の気分に浸ってしまった。 (えがみ・ごう=作家)

 ※二カ月に一回掲載。

 

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