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【東京エンタメ堂書店】

<江上剛のこの本良かった!>東芝不正会計事件を追う

 私は東芝ほどのグローバル企業が相も変わらぬサラリーマン村の論理に縛られていることなどに大きな衝撃を受け、東芝の不正会計事件をモデルにした小説『病巣−巨大電機産業が消滅する日』を上梓(じょうし)した。そこで期待を込めて、未来を担う若手社員が立ち上がる姿を描いた。社員が仕事に対する誇りさえ失っていなければ会社は再建できる。これは私の経験からくる信念だ。しかし現実の東芝はいまだに迷走し、上場廃止か破綻か、見通せない。

◆原発子会社問題の闇

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 <1>今沢真著『東芝−終わりなき危機』(毎日新聞出版、一〇八〇円)。不正会計の発覚から第三者委員会の発表まで書き、まだ原発子会社ウエスチングハウス(WH)の問題が明らかになっていないと闇を示唆した『東芝 不正会計−底なしの闇』に続く第二弾。本書では東芝が買収したWHの減損問題、すなわち損失隠しに踏み込んでいる。

 第三者委員会の報告にWHのことは記載せず、買収を失敗と認めないで原子力事業は順調だと言い募る経営陣に、著者は「詭弁(きべん)だ」と怒りを隠さない。著者は毎日新聞の経済専門ニュースサイト「経済プレミア」編集長。東芝不正会計事件の時々刻々の状況を知るには本書が最適だ。

◆隠蔽で墓穴

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 また、減損問題を最も深く追及していた「日経ビジネス」の取材記者が書いた<2>小笠原啓(さとし)著『東芝 粉飾の原点−内部告発が暴いた闇』(日経BP社、一七二八円)は東芝本の白眉だろう。

 序章で、記者が東芝広報部門に米WH赤字転落の確認を取るシーンがある。追及する記者に広報は「間違いありません」と折れる。私は広報経験者なので、東芝広報の思いが痛いほど理解できる。真実をひた隠ししてきた。虚(むな)しさを感じつつも、好転するかもしれない一縷(いちる)の望みがあったからだ。これからは地獄のようなマスコミの追及が待っているだろう。自分も会社も生き残れるだろうか。こんな思いだったに違いない。

 生き残るためには真実と向き合わなければならない。それは経営者の覚悟だ。ところが東芝は一向に真実に向き合わない。だから著者たちは執拗(しつよう)に追及する。材料となるのは、表題通りの内部告発だ。不正会計を誘発した「チャレンジ」を強いるパワハラの実態も明らかにされる。

 さらに深刻なのは不正を指示する数々のメールだ。社長自らが、原発部門の赤字などに問題が飛び火しないように「論理の組み立てが必要だ」と財務責任者にメールする。これは証券取引等監視委員会が入検した二カ月後。検査忌避の罪に問われてもおかしくないと思う。東芝は真実を隠蔽(いんぺい)するため、有力な会計事務所にコンサルティングを依頼。その協力で、真実を明らかにするべき第三者委員会は「ウエスチングハウス問題の根幹部分を調査対象から外した」と著者は指摘する。

 「日経ビジネス」には八百人以上もの社員らから情報が送られてきたという。「自浄能力の無さに社員が危機感を募らせている」と著者。危機管理の要諦(ようてい)は、問題発覚時にどれだけ真実と向き合い、勇気を持ってディスクローズ(公開)し、過去と決別するかだ。隠蔽は結局、墓穴を掘る。本書はそのことを学ぶベストの危機管理の書でもある。

◆官僚に怒り

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 <3>大西康之著『東芝 原子力敗戦』(文芸春秋、一七二八円)。著者は、「日経ビジネス」の元編集委員。なぜ東芝がここまで原子力ビジネスにのめり込むことになったのか。背景にうごめく政治的思惑、官僚たちの策謀を克明に描いている。

 経済産業省は、原子力立国計画に基づき「原発パッケージ型輸出」を進める。原子炉は東芝、三菱重工、日立製作所が作る。運転ノウハウを提供するのは、東電などの「電力会社」、そして「資金調達とウラン燃料の確保は総合商社が担当する」。計画のコードネームはACTORS(俳優たち)。アクターたちは脚本演出の経産省の命ずるままに演技をする。「国策」という大スポンサーがバックにいるため、たとえ客の入りが悪くとも損はない…。

 のっけから面白い。WHの買収入札は三度も行われ、東芝は六千六百億円という高値づかみをしたが、その裏で数々の裏切りがあったのだ。この段階で買収を諦めるべきだったが、経団連会長という名誉欲にかられた経営者は買収に突き進んでしまう。著者はある幹部に焦点を当てる。彼の情報に基づく判断が、東芝の経営を地獄に落としていく。歴代三社長の人物像にも鋭く迫る。経営危機を危機とも思わない愚かな経営者たちの姿に悲しさを覚えるのは、私だけではないだろう。

 第五章「原発ビジネスの終焉(しゅうえん)」の、原発は「軍事と両目的」で官僚は責任を取らないという指摘は重い。「『国のため』と言いながら無責任に大きな絵を描き、失敗のツケは企業や国民に押し付ける」と著者は書く。第二次世界大戦の敗戦の構図と同じではないか。タイトルには官僚への満腔(まんこう)の怒りが込められている。 

 

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