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【東京エンタメ堂書店】

見頃 読み頃 紅葉の里へ

 秋の行楽シーズン到来。紅葉の季節です。「日本三大紅葉の里」の日光(栃木県日光市)、嵐山(京都市)、耶馬渓(やばけい)(大分県中津市)を、より楽しめる本をご紹介します。 (文化部・小佐野慧太)

◆奈良〜昭和…1000年の物語

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 標高差があるため、中禅寺湖畔からいろは坂にかけて今どんどん見頃の場所が広がっています。<1>立松和平『日光』(勉誠出版、一九四四円)は、日光の自然と人間との関わりを千年のスケールで描いた全三章からなる小説です。

 第一章の舞台は奈良時代で、中禅寺湖の北にそびえる男体山を開いた勝道(しょうどう)上人の物語。第二、三章は時代をくだって大正、昭和が舞台。日光の自然を愛したイギリス人の実業家ハンス・ハンターと雇われ人の神山朝次郎の友情、おいの神山勝と旅館の娘佐代の恋愛が、各章のテーマとして描かれます。

 テレビのコメンテーターとしてもおなじみだった著者の立松さんは、日光のある栃木県の出身。足尾銅山(日光市)の環境問題に関心を持ち、講演活動などにも力を入れました。本書は生命力に満ち満ちた自然の描写が素晴らしく、地元を愛する立松さんだからこそ書けた晩年の代表作だと思います。

◆技術者集団の実像に迫る

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 桂川の渡月橋に多くの観光客が集う京都の嵐山は、例年十一月中旬から下旬にかけてが紅葉の見頃。<2>水谷千秋『謎の渡来人 秦氏(はたし)』(文春新書、八一〇円)は六世紀ごろ、山城国葛野郡(やましろのくにかどのぐん)と呼ばれたこの地方を開拓した秦氏の足跡を追った本です。

 タイトルにもあるように秦氏は「謎の渡来人」とされ、「実はユダヤ人だった!」というような説まであります。ただ本書はこうした見方とは距離を置いて、歴史的な実像に迫ろうとします。そこで明らかにされるのは、織物や土木などの分野で力を発揮した技術者集団としての姿です。

 国宝の木造弥勒菩薩半跏(みろくぼさつはんか)像で知られる広隆寺、嵐山の麓に鎮座する松尾大社といった、秦氏にまつわる社寺もたくさん紹介されます。本書を読んで嵐山に出掛ければ、自然の美しさとともに古代のロマンを味わえる旅になるのではないでしょうか。

◆耶馬渓の自然 詩的な日常

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 <3>松下竜一『豆腐屋の四季 ある青春の記録』(講談社文芸文庫、一七二八円)は耶馬渓の渓谷美をつくっている山国川(やまくにがわ)の下流に住む豆腐屋の主人の随筆集です。新聞歌壇への投稿を心の支えに、ひた向きに生きる著者の暮らしぶりがつづられます。

 本書に収められた随筆や短歌には、耶馬渓の自然ももちろん登場しますが、それ以上に著者の生活圏がとても詩的に描かれます。妻、親兄弟との関係、日常の仕事といったありふれた話ばかりが続くのですが、それらに真っすぐ向き合う著者の姿に心を清流で洗われるような気持ちになります。

 著者は、本書を発表後に豆腐屋を廃業。ノンフィクション作家に転身し、大杉栄の娘の半生をたどる『ルイズ』や過激派組織の東アジア反日武装戦線を題材とした『狼煙(のろし)を見よ』などを著しました。それでも終生、『豆腐屋の四季』で描いた故郷を離れませんでした。

 耶馬渓の紅葉の見頃は例年十一月中旬。今は亡き著者の暮らした中津の街にも足を延ばしたくなります。

 

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