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【東京エンタメ堂書店】

坂本龍一さんのことば

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 国境を越え、人々の心に響く音楽を創り続けている音楽家、坂本龍一さん(65)の思索が詰まった『龍一語彙(ごい) 二〇一一年−二〇一七年』(KADOKAWA)が刊行された。この5年間に密着したドキュメンタリー映画も公開されている。本と映画からは、私たちと同時代を生きる「坂本龍一」という天才が、この世界をいかにとらえ、音楽という芸術を創造しているのかがわかる。 (文化部・岩岡千景)

 二〇一一年の東日本大震災と東京電力福島第一原発の事故、自身のがん闘病、映画『戦場のメリークリスマス』で共演したデヴィッド・ボウイの死…。『龍一語彙』には、この激動の七年間に坂本さんがインタビューなどで発した三百以上の言葉を収録。その言葉が持つ一般的な意味と坂本さんにとっての意味を並べて解説し、関連の発言を「語録」として載せた。ボウイのことも<彼の突然の死は本当にショックで、世界中からコメントを求められているのだけど、とてもそんな気持ちの余裕はなくてどこにも応えていません−>と吐露している。

 最初に載せた言葉は「がん」。「2014年に発覚したのは中咽頭(ちゅういんとう)ガン。当初は身体の他の部位への転移の可能性も疑われたが中咽頭部のみに留(とど)まった。仕事の中断と休養を即断したために早い時期から治療に専念でき、経過は良好」と、「龍一的語彙」で説明。さらに<とことん調べたら、あとは自分が納得できる説を信じるしかないんです−>などと「語録」に記す。

 坂本さんは、東日本大震災の被災地出身の子どもを中心に編成された「東北ユースオーケストラ」をつくり代表・監督を務めるなど、被災者を支援。特定秘密保護法や共謀罪、安保法制といった一連の新法に強く反対してきた。こうした社会的な活動も説明し、「脱原発」「オリンピック」など日本の課題への考えも記している。

 父が三島由紀夫らを担当した著名な編集者だったことにも触れ、自伝的にも読める。<ドイツの哲学者、テオドール・アドルノはアウシュビッツ虐殺の後、詩を書くことは野蛮であると言った。こう言い換えたい。フクシマの後に声を発しないことは野蛮である。(『東京新聞』2012年7月14日)>など、本紙インタビューからの抜粋もある。

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 坂本さんの目線は「上から」でも「下から」でもなく縦横無尽だ。歴史を顧み未来を想像しつつ、日本と世界を見つめて創作に向き合う。公開中の映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』(スティーブン・ノムラ・シブル監督、写真はその一場面)でも、そうした姿が映し出される。

 映画は、YMO時代から映画音楽で成功するまでの変遷や社会・環境問題へのかかわり、自宅で創作する様子などを追う。東日本大震災で津波にのまれたピアノに出会うシーンから始まり、原発事故で帰還困難区域になった福島県双葉町への訪問や、被災者の前でのコンサートなども撮影。さらに、雨や鳥の声など自然の音にも耳を澄まして音楽を創造する過程を静謐(せいひつ)に、しかし迫力を持って伝える。

 本と映画から浮かび上がるのは、一人の「天才」の姿だ。

◆坂本さんNYからコメント

 ニューヨーク在住の坂本さんに、コメントを寄せてもらった。

 −この7年は、振り返るとどのような時でしたか。

 3・11(東日本大震災)の地震と津波、そして原発事故により、人類文明と自然との対比をそれまでより深く考えさせられることになった年月です。また2014年に病気という、自己のなかの「自然」とも深く対面することになりました。

 そのような自然としての人間と、音楽を作る、ものを作る、詩を書く、あるいは都市を作る、経済活動をする、自然を破壊し資源として利用する、などの人間的行為の対比が今後も最大の問題だと思います。

 この地球上に何百万種もいる生物のなかで、なぜ人間だけがこのように大々的に自然を改変し、人工物(音楽や芸術も含む)を作り出してしまうのかを考えることが、今後も長く続くでしょう。

 −映画『CODA』では、2001年の9・11(米中枢同時テロ)直後のニューヨークの映像と、音楽などの文化活動は「平和じゃないとできない」といった坂本さんの語りも流れます。

 9・11の後のその感覚はあくまで人間同士の政治的、経済的、軍事的対立を考えてのことだったのです。そういうものならば人間の努力によってなくすことはできるでしょう。しかし、3・11以降、自分の病気も含めて、時に破壊的な力をもつ自然はいつも私たちのそばにあり、生きていればいつでも自然災害や病気の犠牲になる可能性はある。それでも人間は生活し、音楽もし、生きている。そういう意味では真の平穏ということはないと思いますが、それでも人は音楽を楽しむ。シリアで「イスラム国」(IS)と戦っていたクルド人の女性兵士たちが、戦場でのつかの間の時間に、歌い踊っていたのが鮮烈な印象となって頭からはなれません。

 −今春、8年ぶりのオリジナルアルバム『async(アシンク)』を発売しました。その直後の4月に行った「幻のニューヨークライブ」が、来年1月に映画『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK: async』となって公開されますが、今後の活動で目指すものは。

 「async」で得たなにものかを忘れたくありません。そこからさらに広大な景色が広がっているような気がします。今はその景色のなかに小さな道を見つけて歩みだしたところです。どこへたどり着くかは分かりません。

 

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