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【東京エンタメ堂書店】

<江上剛のこの本良かった!>戦争漫画家・水木しげる

 国会で憲法を変える議論が始まろうとしている。注目は戦争放棄をうたった第9条をどう扱うか。戦争とは人が死ぬこと。誰でも避けたいが、国際情勢は厳しさを増し、もしもの時の備えをどうするかが国民に迫られている。『ゲゲゲの鬼太郎』など子供向け漫画で人気の水木しげるさんには、もう一つの顔がある。ご自身の体験を描いた戦争漫画家としての顔だ。戦争がいかに意味がないかを漫画を通して訴えている。今回はその3冊。

◆消耗される兵士

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<1>『総員玉砕せよ!』(講談社文庫、七四五円)

 水木さんの戦争漫画の代表作。最初から衝撃的だ。水木さんらしき主人公・丸山はパプアニューギニアのニューブリテン島に昭和十八(一九四三)年末に送られる。そこはパパイヤが豊富に実る天国のようなところらしい。その前にピー屋(慰安所)に行ってこいと上官から言われる。ピー屋の前は長蛇の列。ここで兵士と慰安婦たちが一緒に歌う「女郎の歌」の切なさ。

 島では、来る日も来る日も食料探しなどの重労働とビンタ。そしてデング熱による仲間の死…。米軍の圧倒的な軍事力の前に残されているのは玉砕という死のみ。丸山は、「なんでこのようなつらいつとめをせにゃならぬ」と歌い、敵の銃弾に倒れる。そして「誰にもみられることなく」島の土に還(かえ)っていく。

 水木さんは解説で「九十パーセントは事実」だが、玉砕を命じる参謀が流れ弾に当たって死ぬ場面は「事実ではなく、参謀はテキトウな時に上手に逃げます」と書く。「軍隊では兵隊と靴下は消耗品」といわれる。命を消耗品にすることへの怒りが迫ってくる。

◆死体の靴を獲る

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<2>『水木しげるのラバウル戦記』(ちくま文庫、一〇二六円)

 水木さんが太平洋戦争の激戦地ラバウルでの体験を描いた貴重なスケッチを元にした絵日記。岐阜から下関、そこから船で南方へ。その間も何度もビンタ、ビンタ。ニューブリテン島ココボに着く。ここでもピー屋(慰安所)のことが詳しく書かれている。沖縄出身は「縄ピー」、朝鮮出身は「朝鮮ピー」と呼ばれ、「無理矢理やりつれてこられて、兵隊と同じような劣悪な待遇なので、みるからにかわいそうな気がした」と書く。水木さんが現地の人たちと友達になる様子も描かれていてほっとする。

 ズンゲンというところには多くのオーストラリア兵の死体があった。水木さんはその死体から靴を獲(と)り、自分のと履き替える。金も獲った。ところが上官から死体から奪うとは何事だと叱られ、夜、返しに行く。正直に書かれているため、リアリティーが半端じゃない。

 「鬼軍曹はわるいだけの人ではなく、靴のない兵隊には自分の靴をあたえ、自分は靴下を地下足袋風にしてはいていた」と、戦争という究極の中にある人間性をさりげなく描いてあるところに感動する。敵の攻撃を受け、水木さんは隊から離れて夜のジャングルをひたすら歩く。ようやく隊に戻ると上官は「なんで逃げ帰ったんだ。皆が死んだんだから、お前も死ね」という。水木さんは軍隊に激しい怒りを覚える。丁寧で温かいスケッチを見ると、水木さんが戦地にいても人間性を失っていなかったことが分かり、尊敬の思いがあふれてくる。

◆「生死」を考える

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<3>『カランコロン漂泊記』(小学館、一一八八円)

 本書は、水木さんの少年時代の思い出から始まる。子供のころは、弟を川に流せばどうなるかと思い、危うく殺しそうになってしまったらしい。妖怪話を聞かせてくれたのんのんばあも登場する。豊かな感受性で子ども時代を過ごしていたことが分かる。

 兵隊のころの思い出で「今村大将」の項目がある。視察に来た時、今村均大将は水木さんのことを、この兵隊はどうして太っているのかと大尉に聞いた。現地の人と仲良くなってバナナなどをたらふく食べている事実を聞き、にこにこと笑ったという。水木さんは「私の会った人の中で一番温かさを感じる人だった」と書いている。私がインドネシア取材に行った際も現地の人を大切にした今村大将の名統治の噂(うわさ)を耳にした。

 水木さんは本書で忘れられない人々の思い出を縦横に語り、「人生とは」「生死とは」を行きつ戻りつ、ゆっくりと考えている。

  *2カ月に1回掲載。

 

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