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【東京エンタメ堂書店】

テーマが連鎖し本となる 文藝春秋ノンフィクション編集局・下山進編集委員

 編集者はテーマをいくつか持っていることがとても大事だ。

 ポケットに興味のあるネタを抱えていると、企画が引き寄せられてくる。

 そんなテーマの中で、たぐりよせるように本をものにしていったのが、「生物学」だった。

 最初は「STAP細胞」事件。iPS細胞を超える万能細胞を発見したのが、理化学研究所の若い女性研究者とあって、マスコミがおおいにもてはやした。が、その論文に疑惑が持ち上がる。ここで、毎日新聞科学環境部が優れた報道をしていることに気がつき、その中心にいた記者須田桃子氏に『捏造(ねつぞう)の科学者』を書いてもらう。校了したのは、再現実験の結果も、理研の最終調査報告書もでていない、二〇一四年十一月末。多くの編集者が、まだ小保方晴子氏を信じ、その手記や独占インタビューを狙っている時期だった。

 一五年の年初に出た『捏造の科学者』は八万三千部が売れ、大宅壮一ノンフィクション賞と科学ジャーナリスト大賞を受賞することになる。

 この仕事を通じて、革命的な発見が生物学でなされていることを知り、ここに網をかけて、一七年十月のノーベル賞シーズンにあわせて出版したのが、『CRISPR(クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見』だ。一二年に発表された新しい技術が生物学のみならず、社会のあらゆる分野を一変させつつあった。そこで、その技術を開発した米カリフォルニア大学教授のジェニファー・ダウドナの手記を出版した。

 そしてこの本の解説を須田桃子氏に書いてもらっている過程で、合成生物学という新しい分野のことを知る。

 米マサチューセッツ工科大学の工学者たちが、工学的手法で生物学をとらえなおしたことによって始まった学問分野だ。工学は例えば建築でも、そのデザインの建物が立つかどうか、実際に模型をつくってみる。遺伝子の配列を読めている生物学でも同じことができる。

 一六年三月にはコンピューター上で設計されたDNAから、これまで地球上に存在しなかった生命体を作り出した科学者がいる、という。

 須田桃子氏が米国での一年間の研究生活から取材した『合成生物学の衝撃』を、このようにして出版することになったのである。

◇お薦めの3冊

◆進みすぎた科学と人間

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 <1>須田桃子著『合成生物学の衝撃』(1620円) ちょうどこの本の編集を始めた時、カズオ・イシグロがノーベル文学賞をとった。原稿を読みながら、イシグロが『わたしを離さないで』で描いた世界は、現実のものになりつつあるのだな、と衝撃をうけた。科学があまりにも進みすぎたゆえに、人間の感情がついていかない。そのズレに著者は分け入っていく。

◆悪用の危険、開発責任は

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 <2>ジェニファー・ダウドナ他著『CRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見』(1728円) ヒトゲノムを構成する32億文字の中から、たった1文字の誤りを探し出し修正することができるという、その技術。高校生でも半日で簡単に遺伝子改変ができてしまう。テロリストによる生物兵器への悪用などの危険性も指摘されているなか、技術を開発した科学者本人が、その責任も交えて書いた手記。

◆物理は限界、今後は生物

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 <3>英「エコノミスト」編集部著『2050年の世界 英「エコノミスト」誌は予測する』(文春文庫・1026円) 2012年に単行本として出したこの本の編集のなかで「物理学はすでに成長の限界、今後の地平は生物学に開ける」ということを知ったことが一連の生物本の下地になっている。

◆筆者の横顔

<しもやま・すすむ> 船橋洋一著『カウントダウン・メルトダウン』やジリアン・テット著『サイロ・エフェクト』など国内外を問わず本格派ノンフィクションを数多く手がける。この4月から慶應大SFCで『2050年のメディア』の講座も持つ。56歳。

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