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【東京エンタメ堂書店】

<江上剛のこの本良かった!>政治家・官僚は直視を 国家が国民を苦しめた歴史

 財務次官のセクハラ疑惑は論外だが、森友学園への国有地売却に関する財務官僚の文書改ざんが大きな問題になり、政権を揺るがしている。これらは政治家や官僚の傲慢(ごうまん)さの表れではないか。過去にも政治家や官僚が問題に真摯(しんし)に向き合わず、人々を苦しめ続けた事実がある。

◆被害民 踏みにじり

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 <1>城山三郎著『辛酸 田中正造と足尾鉱毒事件』(角川文庫、四七五円)

 田中正造は明治二十四年十二月の帝国議会で「足尾銅山鉱毒事件」について初めて質問。しかし被害民の救済などは進展せず、議員を辞し、明治三十四年十二月、天皇に直訴する。本書の第一部は、正造の運動が挫折しつつあった頃の話である。正造は、鉱毒反対運動の急先鋒(きゅうせんぽう)である谷中村を守る戦いに明け暮れていた。国家は村を買収して遊水池にしようとし、十九戸の家族は村を残すべく政府に徹底抗戦していた。

 しかし大正二年九月四日、正造は頭陀袋(ずだぶくろ)に鼻紙、新約聖書、小石だけを残して亡くなる。集まった人々は「よしよし、正造がきっと敵討ちをしてやるぞ」という言葉を懐かしく思い出す。第二部は、正造の支援者宗三郎が主人公。正造の遺志を受け継ぎ、村の強制収用に徹底して戦う。

 第一部、第二部とも「強制破壊にあった谷中堤内十六戸の残留民が国家に対して何の害をなしたというのだろう。かつて一反あたり八俵もとれた富裕な村をここまで追い込んだのは、足尾銅山とその銅山資本家の言うがままになっていた国家の方ではないか」という正造(実は著者)の、人々を踏みにじる国家権力に対する怒りで貫かれている。

◆侮蔑と破壊の体質

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 <2>石牟礼(いしむれ)道子著『苦海浄土(くがいじょうど)−わが水俣病』(講談社文庫、七四五円)

 第三章「ゆき女(じょ)きき書(がき)」で自身の病を語るゆきは、漁師の夫に嫁いで三年もたたずに水俣病に侵される。それまでは夫を助ける働き者だった。ゆきは「あをさの汁をふうふういうて、舌をやくごとすすらんことには春はこん」と言うが、痙攣(けいれん)して一人で食事もできない今、汁を吸うことはできない。病気になって夫に離婚され「ここは、奈落の底でござすばい、墜(お)ちてきてみろ、みんな。墜ちてきるみゃ」と怨念の言葉を吐く。

 水俣市はチッソの町。水俣病を問題にすれば工場が潰(つぶ)れ、市は消滅する。著者は「水俣病もイタイイタイ病も、谷中村滅亡後の七十年を深い潜在期間として現れるのである。新潟水俣病も含めて、これら産業公害が辺境の村落を頂点として発生したことは、わが資本主義近代産業が、体質的に下層階級侮蔑と共同体破壊を深化させてきたことをさし示す」と書き、そのことが集約された水俣病の直視を訴える。この問題提起は今も生きている。

◆文書改ざん「予言」

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 <3>黒川清著『規制の虜(とりこ) グループシンクが日本を滅ぼす』(講談社、一八三六円)

 著者は、東京電力福島第一原発事故の原因調査のため国政調査権に基づき国会に設置された、民間人から成る憲政史上初の調査委員会(国会事故調)の委員長を務めた。

 彼は冒頭から怒りをぶつける。「志が低く、責任感がない。自分たちの問題であるにもかかわらず、他人事(ひとごと)のようなことばかり言う。普段は威張っているのに、困難に遭うと我が身かわいさからすぐ逃げる。これが日本の中枢にいる『リーダーたち』だ」。調査報告を実現するまでの並々ならぬ苦労と、何よりも「国会事故調などまるで『存在しなかった』かのよう」に原発を推進する現政府への深い失望からだ。

 著者は調査の過程で、国民の安全のための規制当局(原子力安全・保安院)が事業者(東電)の利益のために機能する逆転現象が起きていると気付き、これこそ日本社会の問題で「規制の虜」であると指摘する。規制機関が規制される側の勢力に取り込まれ、支配されてしまう状況を指す経済用語だ。森友学園問題なども「規制の虜」になった結果ではないだろうか。

 また日本を滅ぼす「グループシンク」(集団浅慮)とは、日本の組織、特に同質性の高い人が集まる大企業や役所などで起きやすい「異論をなるべく排除しようとする関係者の独善的なマインドセット(思い込み)」に基づく意思決定パターンだ。ここに陥ると「時としてとんでもない大間違いをしてしまう」と著者はいうが、財務省の公文書改ざん事件を予言したように読めないか。

 日本は国家の無作為、もっと強く言えば国民無視の事件が多い。そしてその歴史に政治家も官僚も学ぼうとしない。これでは国民の絶望は深くなるばかりである。謙虚に歴史に学ぶ姿勢になってもらいたい。

 (えがみ・ごう=作家)

 *二カ月に一回掲載。

 

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