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【東京エンタメ堂書店】

可憐、はかなげ… 時を超える「夢二式美人」

 身近な女性を題材に、生涯にわたって理想の女性像を描き続けた竹久夢二。代名詞ともいえる「夢二式美人」は、視線は伏せがちで憂いを帯び、ポーズも寄り掛かったり身をよじったりはかなげで、時代を超えて人々を引きつけます。そんな夢二の魅力をより深く知るための三冊を紹介します。案内役は、千代田区立日比谷図書文化館文化財事務室の方々です。

◆恋多き画家 苦悩と悲哀

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<1>石川桂子編『竹久夢二 恋の言葉』(河出書房新社、一五一二円)

 竹久夢二は、多数の詩画集を世に送り出し、特に「夢二式美人」で知られた人物。大正ロマンを象徴する夢二の人生は、自由な生き方、自由な恋愛を追い求めたものだった。

 この本は、恋多き画家として知られる夢二の真の恋愛観や女性観に迫るため、夢二の日記や手紙、または著作や雑誌に残した彼の恋愛に関する百の言葉を選(よ)りすぐり、加えて独特の感性で人間の内面を表現した夢二の挿絵で構成される。

 前半は、「夢二の言葉」として、夢二自身の言葉を「恋する」「別れ」「結婚とは」「女たちへ」と分け、夢二が多様な恋愛を重ねる中で、常に理想の女性を追い求め、多くの苦悩と悲哀に満ちた人生を送ったことが紹介されている。後半は、夢二を支え、華やかな恋愛遍歴を彩った女性三人を紹介している。

 時代は違っても、夢二の言葉と挿絵の世界から、恋の醍醐味(だいごみ)を感じられる。 (学芸員・白井拓朗)

◆不安定な時代にぴたり

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<2>高橋律子著『竹久夢二 社会現象としての<夢二式>』(ブリュッケ、四一〇四円)

 明治から大正にかけて、一世を風靡(ふうび)した竹久夢二。「夢二式」という言葉が生まれ、夢二の描く雑誌の表紙やイラストは全国に広がった。

 美しい、かわいい、というだけで、社会現象的なブームが起きるだろうか。本書は、その源泉を当時の社会状況や美術の潮流などから多面的に分析した労作である。

 もう子どもではないけれど、まだ大人にはなりきっていない、という「少年少女」の概念は明治時代に生まれた。恋や将来に悩む少年少女の不安定な感情は、成し遂げてきた近代化が果たして本当に目指したものだったのか、近代国家になったようでなり切れていないという、当時の日本人が抱えた不安定な感情に通底するものがあった。明治大正の人々の揺れ動く感性・感傷にぴったり寄り添ったのが夢二の描く作品だった。

 大正末期から昭和にかけて、急速に夢二ブームは衰えるが、その後、何度も再評価され現代に至る。夢二に惹(ひ)かれ続ける日本人の精神を考える上で必読の書。 (学芸員・長谷川怜)

◆100年前の「かわいい」

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<3>石川桂子編『竹久夢二 かわいい手帖(てちょう) 大正ロマンの乙女ワールド』(河出書房新社、一七二八円)

 平成二十八年に竹久夢二美術館(東京都文京区)で行われた企画展「大正時代の『かわいい』展〜乙女がときめくデザイン&イラストを中心に〜」を担当した学芸員の石川さんが展示内容をまとめ、竹久夢二による百年前の「かわいい」を紹介したもの。

 夢二が描いた作品をジャンルごとに分類し、初めて夢二にふれる人にも分かりやすくまとめられている。巻末のコラムでは、大正時代の雑誌「少女画報」が「愛読者の面影」のページを設け、読者の名前やペンネーム、写真、出身地に加え、アンケートの回答も掲載していたことなども紹介し、大正時代の乙女たちについて知ることができる。

 石川さんは、夢二が表現する「かわいい」は、現代の感覚とは少し異なり、少女像を可憐(かれん)ではかない雰囲気に満ちていると解説している。今や世界共通語にもなった「かわいい」は、「おもてなし」の奥深くにある日本人特有の心の表現ではないか。 (室長・風間栄一)

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 戦後、夢二の画集を次々に出版し「第2次夢二ブーム」をけん引した東京都千代田区の出版社「龍星閣(りゅうせいかく)」。その創業者コレクションの同区への寄贈を記念する展覧会「夢二繚乱(りょうらん)」(入館料一般900円)が東京ステーションギャラリーで開催中。7月1日まで。

 

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