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【書く人】

もやもやの正体探して『子どもの頃から哲学者』 熊本大准教授・苫野一徳(とまのいっとく)さん(36)

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 「出版は本当に勇気要りました」「いや本当にお恥ずかしい」。取材の最中、何度となく照れたような苦笑いを繰り返した。

 学校になじめず、人と分かり合えないことに苦しむ子どもだった。ご飯を一緒に食べる友だちがいなくてトイレにこもる「便所飯」は中学二年で経験した。やがてそううつになった。救ってくれたのは大学院で出会った哲学だった。本書は、若手注目株の哲学者が、そんな青春の蹉跌(さてつ)をユーモアたっぷりの筆致で振り返りながら、哲学の魅力を訴えるエッセー風の一冊だ。

 兵庫県生まれ。仲良しだったドイツ人の幼なじみが小学校入学後に「ガイジン」「キンパツ」といじめられ、転校を余儀なくされたことが一つのきっかけだった。見た目の違いをことさらに批判され、「みんなと同じ」を強要する教室の空気に戸惑った。

 「僕は『人は何で生きてるんだろ』とか考えちゃう子どもで、やっぱり“普通”と違う。そうするとみんな『おまえきもいんじゃ』と離れていって」。小中高と、自分の価値観を守るように知らず知らず同級生と距離を保つようになった。

 「苦しくて仕方なかった。話を分かってくれる友だちがいない。人との付き合い方が分からない。何かむしゃくしゃして、もやもやして、何か生きづらい。でもその正体がわからない」

 だが、教育思想を研究していた早大大学院時代に将来の師となる哲学者竹田青嗣さんの著作に出会い、人生は変わる。大学院での研究とは別に、竹田さんの下へ押しかけ、本格的に哲学を学び始めた。

 「生きる意味って何だ」「愛とは何だ」「私とは」…。哲学は、過去から現在に至るまで、人間の悩みへアプローチを続けてきた。「哲学との出会いはそれまでの価値観が完全に壊される体験だった。もしかしたら自分のもやもやの正体が分かるかも」。二十六歳で哲学研究者を志した。

 いま自身の研究室には、真ん中に畳が二枚敷いてある。学生と話し合うためのスペースだ。「授業で自分のことを話すと、相談に来る学生がいっぱいいるんです。若い人で生きづらさに悩んでいる人はたくさんいると思う。哲学はこんなふうに役に立つのか。へえ、この先生は実際に救われたのか、と知ってくれたら」。これが、「恥ずかしい」本の出版を決意した理由だ。

 大和書房・一五一二円。

  (森本智之)

 

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