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【書く人】

未解決事件 膨らむ想像 『罪の声』作家・塩田武士さん(37)

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 冒頭から物語に引き込まれる。京都でテーラーを営む曽根俊也(としや)は、父の遺品のカセットテープを再生し、幼いころの自分の声が、三十年以上前に世間を大混乱に陥れた企業脅迫事件に使われていたことを知る−。

 モチーフになったのは、昭和最大の未解決事件とも言われる「グリコ・森永脅迫事件」。その犯人グループの脅迫テープに、幼い男児ら複数の子どもの声が用いられていたという事実を知った著者が、十七年前から温めていた物語だ。

 「僕と同い年の子かも。どこかですれ違っていたかも。そう思うと鳥肌が立った。彼のその後の人生を考えたら、絶対おもしろい小説になると思った」

 神戸新聞社で記者生活を送り、二〇一一年に将棋を題材にした『盤上のアルファ』でデビュー。編集者に構想を話したが「まだ筆力が足りない」と止められた。ようやくゴーサインが出たのは昨年初め。一年半にわたり続いた事件の全容を整理し直し、当時を知る関係者に話を聞いて回った。

 事件を追う新聞記者の阿久津英士をもう一人の主人公に据え、自らの取材を反映させた。阿久津と曽根の物語は絡み合い、犯人グループの正体とともに、事件に巻き込まれた子どもたちの悲劇が浮かび上がっていく。「こういう体験をした子が本当にいたかもしれない、と読者に思わせたかった。記者時代、こんな取材をしたかったという憧れも入っています」

 被害会社などは仮名を用いたが、事件の発生日時や場所、脅迫状の文言はほぼ史実通り。どこまでが現実に起きた事件で、どこからが作者の想像なのか。その境界が融解していく不思議な感覚に、きっと読者は襲われるだろう。「これ、どこまで本当なの」と問い合わせてきたジャーナリストもいたという。

 連載を終え、歴代三人の担当編集者がそれぞれ朱を入れた徹底的な改稿作業の際には、デビュー作を書いているときのような高揚感があった。「壁を越えられた」との手応えも感じていた。堂々の「勝負作」は、八月の発売から順調に版を重ね、今年の山田風太郎賞も受賞した。

 「手間を掛ければ掛けるほど、密度の濃いものが書けることが分かったし、その作業は楽しかった。これからも社会を描くエンターテインメントに挑戦していきたい」。講談社・一七八二円。 (樋口薫)

 

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