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【書く人】

今どこに…夢中で追う 『香薬師像の右手』ノンフィクションライター・貴田正子こさん(47)

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 人々を病の苦しみから救う仏さまとして古来、信仰を集めてきた薬師如来(やくしにょらい)。奈良時代に光明皇后が夫・聖武天皇の病気平癒を願い建立した新薬師寺(奈良市)に伝わった香薬師像は、日本に独特の仏像表現が花開いた白鳳(はくほう)期(飛鳥時代後期)の代表作のひとつだ。この仏像が三度目の盗難に遭ったのは、戦時中の一九四三(昭和十八)年。当時、国宝に指定されていた仏像の行方は今も分からない。

 だが、事件から七十三年後の今年、ひとつの大きな発見があった。三度目に盗まれた香薬師像の右手は、過去の盗難で脱落した右手に代わり、新たに作られ、溶接されたものだった。そして、白鳳期に作られた当初の右手は、神奈川県鎌倉市内の古刹(こさつ)の収蔵庫に人知れず眠っていた−。

 消えた香薬師像の行方を追い、新薬師寺の中田定観住職と二人三脚で白鳳期の右手の存在を突き止めたのが貴田さんだ。ミステリー小説の謎解きのようなその過程を、本書で丁寧につづっている。

 貴田さんは一九九四年、産経新聞水戸支局に勤務していた駆け出し記者時代に、茨城県笠間市の資料室に埋もれていた香薬師像の石膏(せっこう)複製に出会った。像高約七十三センチ。童子のようでありながら気品のあふれる姿に魅せられて、奈良に出掛けるまで取材に没頭。「今どこに…と考えると夜も眠れないほど夢中になりました」

 八年後、東京本社で手掛けた医療関係の連載に手応えを感じ、フリーのライターとして独立。医療分野の執筆をする一方で、地道に香薬師像の調査を続けた。本格的に取材を再開したのは三年前。貴田さんのもとに、持ち主が手放した香薬師像の銅製の複製=写真奥=が持ち込まれたのだ。あまりの巡り合わせに「もう取材しないわけにはいかない」と、すぐに奈良へ向かってからは驚くような展開の連続。「自分で動いていたようで、何かの力に動かされていたのかもしれない」と振り返る。

 見つかった小さな右手は言いようもなく美しく、それ自体が癒やしの力を放つように思われた。「多くの人に見てもらい、病に苦しむ人たちに祈ってもらいたい」と現在、博物館で公開する道を模索している。「香薬師さまは必ず戻る」と信じる心が取材を続ける原動力になっている。

 講談社・一七二八円。

 (矢島智子)

 

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