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【書く人】

言葉の不思議、胸を打つ 『ひかり埃(ほこり)のきみ』美術家・回文家 福田尚代さん(49)

写真

 金沢市の清流・浅野川のほとり、築百年の町家を改築した私設図書館・山鬼(さんき)文庫がある。程よく時を経たこの建物で、個展「水枕 氷枕」を十一月まで開いた。

 畳の上にひっそりと並んでいるのは、消しゴムを丹念に削り、彫り、くりぬいて、卵や木の実、かるたの箱、ベッドやいす、黒板とチョーク、船や墓碑などのように形づくった小さな作品群「泡とウズラ」「漂着物」。あるいは、ます目を丁寧に切り抜いた原稿用紙が林立する作品「窓」。その前に座り、穏やかに話す。

 「ここで個展をすることになって下見をした時、体調を崩して学校を休み、自宅で寝ていた子どものころの夢や記憶がよみがえってきました。それが作品の構想につながっています」

 がらくたや便器まで創作に取り入れ「人を驚かせたら勝ち」という気配すらある現代美術の世界で、消しゴムや鉛筆、原稿用紙、文庫本など身辺の小さな品々から、思いもかけない異世界をつくりだす作家。本書の前半では、そうした作品四十八点を、柔らかな色調の写真で紹介している。

 これだけでも優れた美術書だが、本書が伝えるもう一つの真骨頂である回文(上から読んでも下から読んでも同じ音になる文)を少し引用したい。濁音や促音は清音にしてある。

 <遠く闇の音 星の下 私の死 骨のみ焼く音>

(とおくやみのねほしのしたわたしのしほねのみやくおと)

 <抱いていた卵 対だったがしぼみ 星がたった一個またたいていた>

(たいていたたまこついたつたかしほみほしかたつたいつこまたたいていた)

 夢の回想か、象徴主義の詩か。長いものだと三百字を超すかなの連なりが、読み手の目を前から後ろ、後ろから前へと往還させる。

 「私が書こうと思って書く文章なんて、たかが知れています。でも、小さな言葉の一つ一つと向き合っていると、自分の中の無意識や自分のものではない言葉への回路ができて、思いもしなかったことが回文として引き出されてくる。出てきた言葉の不思議さに、私自身が打たれ、驚きます」

 そう語るが、創作と自分の歩みを伝えるあとがきなどを読めば「たかが知れている」という一言は謙遜と分かる。「子供の頃から本に助けられ、本が私をここまで連れてきてくれました」とつづる表現者による、言葉とアートの小さな奇跡のような本。平凡社・三〇二四円。 (三品信)

 

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