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【書く人】

わずかな光 探す親と子 『老乱』 作家・久坂部羊さん(61)

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 認知症の老人が列車にはねられ鉄道会社から遺族が損害賠償を求められた裁判、高齢運転者の車による死亡事故…。今、そうしたニュースを「ひとごとじゃない」と思う人は多いだろう。本書は、老い衰える親を抱えた家族のそんな不安や戸惑いを描き、「ああ、うちとおんなじ…」と、引き込まれずにいられない。

 主人公は七十八歳で、独り暮らしの男性。妻亡き後は自炊し、漢字の書き取りもして老化防止に努めてきたが時の流れには逆らえず、ある日迷子に。心配する息子夫婦から車の運転を禁じられてかえって意固地になり、トラブルを起こす。生活は次第に崩れ、家族も巻き込まれていく。

 医師でもある久坂部さんは、高齢者医療の現場で約三百人の認知症患者を診てきた。その経験が執筆の動機になったという。「皆さん同じ失敗をしている一方で、上手に介護されている方もいる。何とか情報提供できないかと、最後にうまくいくケースを書いた。子に迷惑をかけたくない親と親を大事にしたい子。どちらも善意でもともといい関係なのに、老いという誰も避けようのないものが状況を悪くしている。認知症を治そうとするのがもめ事の始まりだが、受け入れて感謝や敬意、尊重する方に気持ちが変われば介護する方も楽になり、お互い幸せな家庭に戻れる」

 認知症の進む父と介護する家族。「両方とも言い分はもっともなのに状況が悪くなるのはなぜか。際立たせるため」に双方の視点から描いた。認知症のモデルにしたのは『父の日記』という写真集の中の記述。「そこにはお父さんが認知症になって崩れていく経過が写真で収められている。『日毎にボケがキツクなって来る感じでつらい』とか『自分の字が読めない』とか。書いた字を消したり破ったり…。見るとリアルで心に響き、本人の気持ちがよくわかったんです」

 二〇〇四年、大学病院の実態を描いた『破裂』で注目され、一四年に『悪医』で医療小説大賞を受賞。「世にあふれる医療小説やドラマなどはきれいごとすぎる気がする。読んだ人や見た人が油断して現実の悲しみや苦しみ、嘆きが必要以上に大きくなってしまう。心の準備をしてもらうために、できるだけ悪い話とその中で得られるわずかな光を描くのが表現者としての誠意だと思うんです」

 朝日新聞出版・一八三六円。  (岩岡千景)

 

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