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【書く人】

巡り巡ってのホラー 『夜行』作家・森見登美彦さん(38)

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 作中、岸田道生という謎めいた銅版画家が登場する。彼は尾道、奥飛騨、津軽など四十八の地名を冠した「夜行」という連作を残して世を去った。ある時、かつて同じ英会話スクールに通った仲間たちが、「鞍馬の火祭」を見物するために集い、山里の宿でそれぞれの不気味な体験を語り始める。妻がまるで別人のようになったり、知人が突然奇妙な振る舞いをしたり…。各話で印象的に登場するのが、顔のない女が描かれた「夜行」の作品群。やがてそれと対をなす「曙光(しょこう)」シリーズも現れ、世界のねじれがあらわになってゆく。

 本作は「夜」から生まれるえたいの知れない恐怖をシリアスな筆致で描いた。黒髪の乙女とさえない男子学生の恋物語『夜は短し歩けよ乙女』、タヌキの一族を主役に据えた『有頂天家族』など、コミカルな作風で知られる森見さんが、ホラーテラーとしての顔を披露した。

 ユーモアあふれる随筆と不気味な怪談を残した作家・内田百聞を敬愛しているという。「デビュー前から自分の中で面白おかしい話と怖い話という二つの路線がありまして。片方に飽きたらもう一方にと、気分転換できるのがいいのかもしれません」

 森見さんが作家十周年を記念して執筆した三作品のトリを飾る一冊でもある。二〇〇三年デビューなのに、なぜ今ごろ十周年? その事情について「小説を書くことに悩んじゃって、書けなくなった時期があった」と明かす。

 森見さんは多数の連載を抱えていた一一年ごろ体調を崩し、東京から古里の奈良に戻った。連載は中断。「八方美人なので無理をした。盛大に破綻した」という。次から次と頼まれる原稿を必死でこなすうちに、「こういう作品を書かねば」との考えにとらわれた。「本能的に感覚で書く」タイプなのに、伸び伸び書けなくなってしまった。自信を失う悪循環。「ペダルのこぎ方を意識しすぎて、自転車に乗れなくなったような感じ」と思い返す。

 本作は悩んで堂々巡りした末に日の目を見た。もやもやした不思議な味わいは、そこから生まれたのかもしれない。「ぐるっと回って同じところに戻った。これからは『自分はここを行くしかない』って、開き直って書けたらいいなと思ってます。もう『何周年』とか、絶対に気にしません」とはにかむ。

小学館・一五一二円。

(岡村淳司)

 

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