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【書く人】

戦争を越え、広げた交歓 『武満徹 ある作曲家の肖像』 音楽研究家・小野光子さん(45)

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 古典音楽と異なり、現代音楽に耳なじんでいる人は多くはいない。世界に活躍の場をもった武満徹(一九三○〜九六年)の名は誰もが知るが、どんな音楽家だったのか、よくは知られていないかもしれない。

 「現代音楽への苦手意識は私にもありました。でも音大生の時、彼の作曲した<ノヴェンバー・ステップス>を聴き、その緊張した奏楽器の響き、風や水の流れのような生命感に息が詰まるほど衝撃をうけた」。以後、本格的に武満の音楽に取り組んだ。資料を調べ、関係者に取材し、演奏会の曲目解説を書き、武満の全集(小学館)や著作集(新潮社)にも関わった。

 「音楽から入りましたが、評伝にしたのは、調べてゆくと、私には未知である戦争や戦後の時代、その中を生きた人間の物語が大きく膨らんできたから」

 貧しさや病気と闘いながら独学で音楽を学び、きびしい表現の創作を生涯続けた。実験的な試みで音楽の概念を広げる一方、メロディアスな映画音楽やポップスやジャズの曲も数多く作った。音楽だけには収まらない芸術や文学や哲学など、実に幅広い同時代の表現者と交流を持った。音楽アカデミズムには距離をとり、西洋・日本・周縁世界のどんな音楽も吸収し、誰とでも付きあい、閉域にこもらなかった。音楽祭や若い作曲家たちの育成に力を入れ、時に音楽大使のような役割も果たした。

 「それらの仕事や姿から見えてくるのは、十代で体験した戦争への思いが強くあったからだと思います。戦争にいたるような没交渉や戦後の価値観の逆転ではなく、<個人>の立ち位置で国境を越えて絶え間なき交流と交歓を果たし、自分の内側を掘り下げながら自由な想像力を最大限に生かせるものとして、武満さんは現代音楽を選んだ」

 そんな作曲家の生涯にわたる肖像や逸話が簡潔な文章で描かれる。内外の音楽家たちやさまざまな領域の文化人が登場し、二十世紀の文化誌にもなっている。作品の音楽性だけでなく武満のエッセーや、家族らの印象的な声もちりばめられた読み応えある評伝だ。

 「武満さんが音楽家としてどんな思いを抱き、夢を追い実践してきたかを再現しました。その開かれた世界観や生き方から、私の方が文化やものの見方を教えられました。彼の音楽作品のように、読者一人一人に違う音色や印象でその姿が届けられれば幸せです」

 音楽之友社・五九四○円。 (大日方公男)

 

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