東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > Chunichi/Tokyo Bookweb > 書く人 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【書く人】

生きてることは綱渡り 『赤へ』作家・井上荒野さん(55)

写真

 触れると血がつくような気がして、思わず手をこすった。水の中に血が広がっていくような表紙。死を主題にした十編から成る短編集だ。「書き始めたらすごく面白かった。あ、このテーマは意外とあたしに向いてるなと」

 執筆の醍醐味(だいごみ)は「化学反応」だった、とほほ笑む。登場人物の置かれた状況に「死」の要素を加えると、話が思いがけない方向に変化する。「そこが大事で。すぐ思い付いちゃうストーリーはつまらないから」

 たとえば不倫カップルが主人公の一編。男の妻が、女が働くレストランの近くで、通り魔に襲われて殺される。夫の愛人の顔を見に来たのだろうか。二人が関係していなければ、殺されずに済んだのではないか…。互いに口にはしなくても、不穏な空気が漂う。

 読むとザラザラして、複雑な気持ちになる。これは井上荒野さんの作品に共通する特徴でもある。「幸せや悲しみに純度100%はない。安心して読める小説って面白くないと思うんですよ」。本書は先ごろ、柴田錬三郎賞を受賞した。「万人受けしないと思ったので少しホッとしました」

 一編だけ実話が交じっている。二年前に膵臓(すいぞう)がんで亡くした母を書いた。「延命治療せず、本を読んで美味(おい)しいものを食べて。あっぱれな最期でした」

 「自分の言葉で書いて、自分の中に母の死を定着させた」と語る言葉に、喪失の大きさがにじむ。

 「死」が浮かび上がらせるのは「生」だ。「死は取り返しがつかない。そして誰にでも訪れる。生きてることって綱渡りなんです。小説は人が生きていることを描くものだと思う」

 小説を書き始めたころ、よく「虚無的だ」と言われた。人は誰もが、人生の退屈を埋めようと必死になっている。人は絶対に分かり合えない。家族をはじめ近しい人だからこそ、心の距離は遠いかもしれない。「だんだん、それでいいじゃんって思い始めた。生きていくこと、分かり合いたいと思うこと自体に意味がある」

 母亡き後、何を書くのか。作家だった亡父・井上光晴さんと、著名な女性作家、そして母との関係をモデルにした小説の連載を今年から始めたところだ。

 祥伝社・一五一二円。

  (出田阿生)

 

この記事を印刷する

PR情報



ピックアップ
Recommended by