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地域から全体史見える 『坂東の成立』 早稲田大教授・川尻秋生さん(55) 

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 万葉集の東歌や防人歌(さきもりのうた)に詠まれた東国とはどのような地域だったのか。最新の発掘資料や研究成果をもとにした通史シリーズ「古代の東国」全三巻。(1)『前方後円墳と東国社会』(若狭徹著)に続く本書は、飛鳥・奈良時代の東国、とくに現在の関東地方と重なる「坂東(ばんどう)」で暮らす人びとの姿やヤマト王権との関係を鮮明に描き出す。

 東国人の特徴とは何か。川尻さんはまず、東国出身者が多かった東舎人(あずまのとねり)を「敵に後ろを見せず、一心に守ってくれる」と称賛した聖武天皇の言葉を引き、その卓越した武勇と天皇への忠誠心の強さを挙げる。

 碓氷坂・足柄坂の東の地域をさす「坂東」が初めて歴史に登場するのは神亀元(七二四)年。この史料の中で王権は、「坂東九国」(当初は陸奥国が含まれていた)に対し、軍事訓練と多賀城への物資の輸送を命じていた。坂東は「征夷(せいい)のための兵士と兵粮(ひょうろう)の供給地として成立した」というのが川尻さんの見方だ。

 蝦夷(えみし)を征服する戦いだけでなく、遠江国・信濃国以東の東国には、防人として九州北部の防備に当たる義務が課せられていた。任期三年で、食料・武器は自弁だった。古代東国の人びとは王権に服従し、重い負担に耐えていたのだ。

 「王権側はその軍事力を警戒しながら、うまく利用したのでしょう。王権に従属していた坂東が平安時代には、平将門が新皇を自称して独立国家をつくろうとしたように敵対し、ついには源頼朝が武家政権を樹立する。このように王権との関係が古代と中世で全く変わってしまうのはなぜか。この問題が問い返されると日本の全体史の見方が変わってくるのではないか」

 川尻さんは千葉県佐原市(現香取市)出身。最初に就職した同県立中央博物館で平将門を研究したことが東国や坂東に関心を持つ契機になったという。『平将門の乱』のほか『揺れ動く貴族社会』『平安京遷都』などの著書があり、歴史研究のスタンスについてこう語る。「まだまだ新しい資料が出てくるし、地域史は面白いと思う。しかしそこで何があったかというだけでなく、それが全体の歴史の中でどのような意味を持つのかを考えないと。地域から全体へ、全体から地域へと絶えずキャッチボールを続けていくことが大切なのではないでしょうか」

 シリーズ完結編の(3)『覚醒する<関東>』(荒井秀規著)は五月に刊行予定。

 吉川弘文館・三〇二四円。     (後藤喜一)

 

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