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【書く人】

勝頼「暗愚」を覆す事実『武田氏滅亡』 歴史学者・平山優(ゆう)さん(53)

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 戦国大名武田氏の滅亡への転換点といえば、一五七五年の長篠の合戦が真っ先に思い浮かぶ。しかし、この七五二ページの大著では冒頭に数十ページが割かれるだけ。大敗を喫した後、生き残りを模索しながらも滅亡に向かった七年弱を丹念に描く。

 両親が武田氏の最期の地となった現在の山梨県甲州市田野の出身で、菩提寺(ぼだいじ)は武田勝頼の墓がある景徳院。東京生まれながら、たびたび墓参りで田野を訪れた。武田氏滅亡をテーマに小学校の自由研究を書いたこともある。「勝頼は私が歴史学者になるきっかけをつくってくれた人物です」

 昨年のNHK大河ドラマ「真田丸」では時代考証担当の一人を務めた。ドラマは父信玄から大国を背負わされた悲運の人物として勝頼を描いた。「暗愚な武将という従来のイメージは、あれでだいぶ変わったはずです」。発売四日で重版が決まった好調な売れ行きの背景の一つには、ドラマの影響があると見ている。

 本書が提示する勝頼像も暗愚という印象とは遠い。例えば上杉謙信の没後に上杉景勝、景虎が家督を争った越後の御館(おたて)の乱。勝頼は賄賂に左右されて景虎から景勝への支援に方針転換し、ともに景虎を支える算段だった相模の北条氏政との関係悪化を招いたとされてきた。景勝は家督争いに勝ったが、勝頼は有力な同盟相手を失う結果になる。

 しかし、方針転換の背景には氏政が北関東の諸大名との戦闘で景虎を十分に支援できない事情があったことが明かされる。「近年の関東戦国史研究の発展は著しくて、小国の動きが具体的に見えてきた。華々しい研究ではないかもしれませんが、有力大名の見方にも影響する。歴史は基礎研究が生命線だと思います」

 圧巻は織田、徳川、北条氏の侵攻を受け、勝頼が自害するまでの一部始終をつづった第九章。武田領内を猛進する織田信忠、深入りを懸念する信長、織田氏の突然の行動に戸惑う氏政−。入り乱れる思惑を、日付ごとに出来事を叙述する工夫で明快に解きほぐした。

 勝頼の命日の三月十一日には、景徳院の墓前に刊行を報告した。「この本は研究書ですので、なるべく批評は加えず、事実を積み重ねることにこだわりました。少なくとも、滅亡の責任を彼一人におしつけられないことは明らかにできたのではないでしょうか」

 角川選書・三〇二四円。 (小佐野慧太)

 

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