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【書く人】

仕事と芸 幸せな出合い『音の記憶』 パナソニック役員・ジャズピアニスト 小川理子さん(54)

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 ビジネスの世界ではちょっと知られた人だ。パナソニックの高級音響機器ブランド「テクニクス」を復活させた立役者として。ジャズピアニストとしての演奏を耳にした人もいるだろう。企業人と音楽家、「二足のわらじ」を履き続けながら、同社史上二人目の女性役員になった。その歩みをつづった手記『音の記憶』を二月末に発売し、三カ月で二刷一万部に達した。

 「サクセスストーリーのようなものを書くのは偉そうで、すごく嫌だったんです」。だが、キャリア形成に悩む女性の背中を押してあげられる本を、という編集者の願いを受け止め、半年がかりで執筆。自身を導いた上司や共に汗を流した仲間の業績も紹介し「素直に書いてあって読みやすい」と好評を得ている。

 「音響の仕事がしたい」と男女雇用機会均等法が施行された一九八六年に入社し、三十一年。この間はレコードからCD、インターネットによる配信へと音楽を巡る技術革新と、家電業界が国際競争の渦中に置かれる激動の時代だった。

 小川さんも二十代のすべてを懸けた音響プロジェクトの解散という憂き目に遭うが、幼時から学ぶピアノの腕を基礎にジャズを始めたのがそのころ。三十歳だった。仕事一筋が美徳という空気の中で「引け目を感じながら」続けていた音楽活動が世界的な評価を得、その後の社の社会貢献活動にも生き、音楽で鍛えた耳は「テクニクス」復活の際、高品位な音を聴き分け、音の決定権者となる小川さんの最大の武器になった。

 「音楽の持つ懐の深さ、音量や音域の広がりは、宇宙の大きさに匹敵する」と小川さんは言う。そして、どんなに手軽に音楽を聴ける時代になっても「いい音は求められる」と。「人工知能が進化しても、人間が主体的に脳の喜ぶことをやっていかないとだめ。音が最終的にたどり着くのは脳であり、心だから。人間が音楽を聴いて心の底から幸せを感じることは一生に何回もない。それに出合ってほしい」とその媒介であることを願っている。

 私生活では四十七歳で、高校時代の初恋の人と結婚した。相手が再び独身となり、自身も「性格が円くなって、タイミングが良かったという以外の何物でもない」と笑う。こんなところでも女性に希望の灯をともしている。文芸春秋・一四五八円。 (矢島智子)

 

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