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【書く人】

先人の美意識 届ける 『心うた』『恋うた』 随筆家・松本章男さん(85)

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 平安神宮にほど近い京都市の町家。古今東西の詩歌の本と、和歌を書き記したノートを積んだ書斎で「歌の世界に漬かっていると楽しくて時を忘れるんです。毎晩、気が付いたらもう寝る時間」と穏やかに笑う。その研究の集大成の一つが飛鳥〜江戸時代の和歌から編んだ選集『心うた』と『恋うた』の二冊である。

 四季の歌、恋の歌、その他の「雑歌(ぞうか)」に大別される和歌。『心うた』は雑歌、『恋うた』は恋歌。いずれも五百首前後を収め、分類して解説を添えた。このために目を通した歌はそれぞれ二十万〜二十五万首、ノートに書き出して解釈を深めたものが三千首あまりという。膨大な作業量だ。

 京都で生まれ育ち、幼い頃に親しんだ百人一首かるたで和歌と出合う。京都大では仏文学を専攻したが、和歌をひもとく楽しみはいつも傍らにあった。「さまざまな階層の人が詠んできた和歌には、日本人の美意識や情操が詰まっている。いつか自分で選集を、と思い続けていました」

 収録歌にみる先人の心とは。<つくづくと独りながめて思ふことむなしき空の雲にかたらむ>。武将の地位を捨てて隠棲(いんせい)した木下長嘯子(ちょうしょうし)の作だ(『心うた』)。もの思いにふけって感じたことを雲にきいてもらおう、と詠う。「人も自然の一部という意識を強く持っていたと伝わります」

 『恋うた』には女性歌人の情熱的な歌も。例えば和泉式部の<今宵(こよい)さへあらばかくこそ思ほえめけふ暮れぬまの命ともがな>。今夜もあなたが来ない辛さを味わうなら日が暮れるまでに死んでしまおうか、と訴える。「歌の世界では女性も男性と対等で、自分の心をぶつけ合っていたんですね」

 今は、京都が題材の和歌の選集を準備している。比叡山の二峰を指す「大比叡」「小比叡」の呼び方が、和歌での用例と一般的な歴史用語とでは逆になっていることなどを検証中だ。「引っ掛かっていた謎が解けてゆくのが楽しい」と、探求心は衰えない。

 若い人にも「難しそう」と敬遠せず和歌に触れてほしいと願う。目次の分類には「老い」「別れ」や「ひそかに思い忍ぶ恋」など、思い悩んだ時にふと開きたい項目も。「ずっと和歌によって心が洗われ、豊かになるのを感じてきた。ぜひ多くの人が歌の世界になじんでほしいですね」

 紅書房・各二四八四円。 (川原田喜子)

 

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