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【書く人】

オロオロし、見えた現実 『「旅する蝶」のように ある原発離散家族の物語』大学教員・岩真千さん(43)

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 福島の原発事故後、沖縄に妻子を逃がし、家族が離ればなれになった五年半を記録したノンフィクション。というと、大仰に聞こえるが、本書はひたすらオロオロしていた(いる)、ひとりの人間の記録である。

 「僕の偏ったフィルターを通した記録です。でも、個人の体験を赤裸々に書いたら、もしかして日本社会が見えてくるんじゃないかと」。そう語る岩真千さんは、宇都宮の大学でフランス語を教える教員だ。

 原発事故時、娘は三歳。妻は出産を二カ月後に控えていた。放射能汚染から子どもを守りたい一心で、宇都宮からの避難を決意。岩真さんの母親が再婚して住んでいる沖縄に向かった。

 一カ月後、妻子を沖縄に残し、岩真さんは仕事に戻る。短期の避難だと思っていた妻は驚き、友人や親戚から「逃げた」と言われ傷つく。見知らぬ土地、義父母宅での居候暮らし、一人で子育てするストレスでボロボロになっていく。「早く帰りたい」と夫に訴えても、「赤ん坊のため」「放射能汚染を避けるため」と説くばかり。限界に達した妻は「きれいごとばっか言いやがって」「ホーシャノーヤローめ! ご都合主義者め!」と夫に叫ぶ。

 岩真さんは、原発事故で「為政者は国民を守らない」と思い知り、憤りに身を震わせる。その怒りが正義感の押しつけにならないのは、妻の非難の言葉が克明に記されることで分かるように、常に自分の立ち位置を相対化して、「オロオロ」しているからだ。たとえば原発事故の危険性を授業で熱弁した後、被災地出身の教え子が来て、「放射能汚染がひどい実家が心配で…」と泣いた。それを見て「自分はなんと思い上がっていたのか」と悔やむ。

 「自分は被害者だ」という意識も、沖縄の現実を知って変わる。運転中のバックミラーに黒々と迫る米軍の巨大な装甲車、オスプレイの電波障害で歪(ゆが)むパソコン画面、「日本軍よりも米軍の方が優しかった」という近所のオバアの言葉…。「本土の人間はみな加害者ではないか」と痛感する。「今はつらいけど二十年後なら読めると言っている妻へのわび状でもあります」

 この本のページをめくると、日常に流され、薄らぎかけていた原発事故当時の記憶が次々によみがえってくる。オロオロしながら、やっぱり現実から目をそらしてはいけない、と思う。

 リベルタ出版・一八三六円。 (出田阿生)

 

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