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【書く人】

つらい体験描く使命 『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』漫画家・田中圭一さん(55)

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 名刺に記した肩書は「最低シモネタお下劣パロディー漫画家」。手塚治虫さんタッチの絵柄で、ちょっと不謹慎なギャグを描く名手だ。多くの笑いを生み出してきた陰で、最近まで十年近くうつに苦しんできた。その過程を振り返り、同じく経験者の、大槻ケンヂさん、宮内悠介さん、内田樹さんら十七人へのインタビューをコミックエッセーとして描いた。

 長く会社員との兼業漫画家だった。発病のきっかけは転職。畑違いの仕事を任され、上がらない営業成績に社内の冷ややかな視線が心身をさいなんだ。「あと三、四年で自殺してやるからそれまでは頑張ってくれ」。自分の体にそう言い聞かせるほど思い詰めた。

 回復のきっかけは精神科医のうつ病体験記を読んだこと。長く苦しいうつトンネルを抜けた時、ある漫画が頭に浮かんだ。ギャグ漫画家の上野顕太郎さんが妻との死別を真っ正面から描いた『さよならもいわずに』。初めて読んだ時、喫茶店の椅子から立ち上がれなくなるほど衝撃を受けた。「物書きたる者、死ぬほどつらい経験でも人に伝えるための努力をするのが使命なんだと思いました」

 本書は、そんな真摯(しんし)な思いに貫かれている。「僕は十年しんどい思いをしました。でも、今なおしんどい思いをしてうつトンネルの出口を見つけられない人がいる。出口があることを信じられない人すらいる。自分の体験を描けば、そういう人の何人かは救えるんじゃないか」

 体験者へのインタビューを通じ「心の風邪なんてなまやさしいもんじゃない。うつは心のがんだ。ほうっておくと死に至る病だ」など読む人の心に刺さるメッセージを拾い出し、真っ黒なスライムに追い詰められる様子を描いてうつの人の不安な気持ちを表現した。ギャグマンガ家らしい軽い読み味を生かしながら、言葉と絵で正体の見えにくいうつを可視化してみせた。

 発行部数は一月の発売以来、電子版も含め計三十三万部に。五十五歳にして著者最大のヒット作になった。ただ、本人は「『うつヌケ』の田中さん」と呼ばれるのはどうもきまり悪いらしい。「やっぱり僕のメインストリームはお下劣パロディーですからね」

 そう笑いながら差し出してくれたのは表紙に「訴えないでください!」と入った超有名アニメの自作同人誌。病を乗り越えて創作への意気はますます盛んだ。

 KADOKAWA・一〇八〇円。 (森本智之)

 

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