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【書く人】

不器用でも生きている 『きょうの日は、さようなら』 作家・石田香織さん(41)

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 「人間って土壇場になると突拍子もないことを急に言うんですね。例えば浮気相手との写真が妻に見つかった男性が、とっさにどんな言い訳をするかは十人十色。そこに表れるその人らしさ、チャーミングな一面を描きたかった」

 新人作家のその言葉には実感がこもっていた。なぜなら本作自体が、土壇場で生まれた物語だったから。

 神戸市在住。夫と離婚し、幼い娘二人を抱えながら生命保険の営業で働きづめの生活を送ってきた。盲腸になっても胃潰瘍になっても突っ走った結果、立ち上がれなくなって休職に追い込まれたのが二年前。「どうやって生きていけばいいの」と頭を抱えた。

 「家にいるんやから小説書け」。助言をくれたのは、所属する劇団の主宰で、二十年以上師事してきた演出家の森田雄三さんだった。「文章なんて書いたことない。無理」。そう思いながらも書き始めた。

 「森田の演劇は台本を用意せず、舞台でとっさに出た言葉を共演者と広げていく即興劇。その要領で物語を広げていきました」。まず短編を三十本書き、思い入れのある一作を長編に膨らませた。完成した本作が編集者の目に留まり、あれよあれよという間に作家デビューが決まった。

 神戸・新開地を思わせる繁華街で暮らすキョウコが主人公。幼い頃に生き別れ、大人になって再会した血のつながらない兄キョウスケや、街の住人たちと過ごす日々を温かく描く。妹思いのオカマのバー経営者、気の弱いキョウコの婚約者など、不器用ながらも誠実に生きようとする登場人物たちが魅力的だ。「仕事柄、初対面のお客さんでも『私は貯金がこんなにある』『うちは長男と仲が悪い』と密な話をしてくれる。相当な数を見てきた記憶を頼りに、人間の種を拾った」と創作の裏側を明かす。

 自身も、器用な生き方をしてきたとは言い難い。十四歳で引きこもりになり、中卒でアイドル歌手を目指して養成所に通った。阪神大震災後に就職したが、劇団員として女優の夢を追い続けた。「人間には創作でしか救われない部分がある。森田が私に小説を書けと勧めたのも、人生に絶望しないように、との意図だったと思う。不器用でもいい、今生きているままでいいんだというのが、この二年でたどりついた私の心境です」。河出書房新社・一五一二円。 (樋口薫)

 

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