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【書く人】

成長見守る一茶の句 『むーさんの自転車』小説家・ねじめ正一さん(69)

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 帯に<平成版 純情商店街>とある。純情商店街とはもちろん、平成元年の直木賞受賞作『高円寺純情商店街』のことで、昭和三十年代の東京・高円寺駅前の商店街を舞台に、乾物屋の息子の正一の目で、人々の暮らしや人情をほのぼのと描いていた。

 今度の『むーさんの自転車』は同じ高円寺の和菓子屋の息子の正雄が主人公。平成元年に高校に入学したものの、入り婿の父が事業に手を出して失敗し、借金の形に店をとられてしまう。正雄は店に出入りしていた米屋のむーさんに連れられてむーさんの故郷信州で暮らすことになり、地元の和菓子屋で修業したあと、高円寺に帰ってくる。読後感のすがすがしい成長物語だが、ちょっとヤクザっぽい雰囲気のあるむーさんがじつに魅力的なのだ。

 「むーさんにはモデルがいて、でっかくてごっつい荷台を付けた自転車でお米を配達していた。けんかは強いし、野球はうまいし、子どもだった私たちの憧れの的でした。この小説は、格好がいいというのはどういうことなのかを考えながら書いたのだけれど、単にけんかが強いというのではなく、ピンチに陥っている店の子を何とかしてやりたい、この子は将来どうなっていくのだろうと思いやる気持ちが、とても格好いいと思ったのです」

 むーさんは同郷の俳人、小林一茶が大好きで、正雄も句集を読み始める。そして、むーさんと正雄に一茶の句が寄り添うようにして物語が展開する。ねじめさん自身一茶のファンだが、作品にも出てくる<寒き夜や我身(わがみ)をわれが不寐番(ねずのばん)>に最もひかれるという。

 「この句は、どんなに寂しくても、どんなにつらくても、つねに自分を見つめる視線を失ってはいけないと言っている。死んでいったむーさんから正雄へのメッセージなんですね」

 『純情商店街』は、かつを節を削る作業など乾物屋の仕事や店の描写が良かった。『むーさん』では舞台が現在の高円寺の街全体に広がり、高円寺阿波おどりの場面が生き生きと描かれている。生まれ育った高円寺に対する思いを、ねじめさんはこう語る。「高円寺というのは出入り自由な街で、いろいろな人々が集まってきて、いつもごちゃごちゃしている。高円寺阿波おどりは今年で六十年になるけれども、敷居が高くなく、見に来た人が誰でも入って一緒に踊れる。それが高円寺らしさです」

 中央公論新社・一九四四円。  (後藤喜一)

 

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