東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > Chunichi/Tokyo Bookweb > 書く人 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【書く人】

家族三代の月日描く『光の犬』 作家・松家仁之さん(58)

写真

 松家さんの小説には、読む者を柔らかな、暖かい光に包むような感覚がある。書名から分かるように、本書も「光」がモチーフの一つ。生命を感じさせるまばゆさに満ちている。

 北海道東部の町を主な舞台に、三代にわたる一族の生と死、そして人生の一瞬一瞬のきらめきを描いた長編小説だ。

 「吉野弘さんに『I was born』という詩がありますよね。その通りで、生まれるのは受け身です。生まれてしまう。死ぬ瞬間もそうです。当人にはいかんともしがたい。コントロールできない誕生から死までの間に、人間はいる。生まれることと死んでいくこと。そのことをきちんと書きたいと思いました」

 主人公は、道東の町で生まれ育ち、東京の大学で教える添島始(はじめ)。姉の歩は東京の天文台に勤務していたが、病に襲われる。実家では父母やおばたちが老いを迎えようとしていた−。

 助産婦となって北海道にやってきた祖母の明治時代の幼少期から、百年以上にわたる月日がつづられる。一家の飼う北海道犬が、物語に寄り添う。「東京の人間ですが、小学生のころから北海道に対する憧れがありました。風土と自然がすごく好きなんです」

 「家族」というものを考えさせる一冊だ。

 「家族の枠組みはもろいとも言えるし、一方ですごく強い。とらわれるとそこから逃れられないものでもある。どんなに親しい家族でも、相手がこの瞬間に何を感じ、何を考えているのか分かりませんよね。小説という方法で、登場人物たちの感情をある程度は描くことができたと思います」

 教会が舞台の一つ。聖書の言葉も随所で引用される。「聖書にはあらゆる物語の原形が詰まっています。そこで描かれている家族の問題は、今もそんなに大きな変更はないという気がします」

 新潮社の元編集者で、退職後に書いた二〇一二年のデビュー長編『火山のふもとで』が読売文学賞を受賞した。「本の世界では自己啓発本が相変わらず多くの読者を得ています。答えや結果ばかりが要求される世の中で、答えも結果もないのが小説だと思います。すぐに役立つ物ではありません。しかし、生きることの目に見えない支えになり得る。そういうものを書きたいですね」 

 新潮社・二一六〇円。

 (石井敬)

 

この記事を印刷する

PR情報