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【書く人】

ドキッとさせる物語に『漱石、百年の恋。子規、最期の恋。』 小説家・荻原雄一さん(66)

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 文豪・夏目漱石の初恋の相手は誰か。それは、明治政府で外務大臣を務めた陸奥宗光と、その後妻で「鹿鳴館の華」と呼ばれた亮子の娘、十九歳で死んだ「清子(さやこ)」だ−。

 この自説を基にした小説が本書。名古屋芸術大で文学を教える研究者でもあり、清子説を発表した学術論文『漱石の初恋』(二〇一四年)と、十六年前につかんだ端緒から清子にたどり着くまでの経緯をつづったノンフィクション『<漱石の初恋>を探して−「井上眼科の少女」とは誰か』(一六年)と合わせて「三部作」と位置付ける。「書き切った」。そして「今は僕の頂点だと思う。脱力感すら感じる」と話す。

 本書は、死後に「あの世」で再会した漱石と親友の俳人・正岡子規が、生前の甘く切ない恋の記憶をたぐる青春もの。「歴史的なエピソードはそのままに、想像力と物語性を加えた」と語るように、一般読者が読み物として楽しめるのはもちろん、「『荻原がまた何か発見したのか』と研究者をドキッとさせる仕掛けをちりばめた」といたずらっ子のように笑う。東京弁の漱石と松山弁の子規のコミカルなやりとりは「漫才を意識した」という。

 明治時代を生きた漱石や子規は、近代的な恋愛を初めて体験した「第一世代」とされる。そのことを理解する手掛かりとして、作中では「偕老同穴(かいろうどうけつ)」と「倶会一処(くえいっしょ)」の考え方を示した。前者は夫婦がともに年を取り、同じ墓に葬られること、つまり夫婦の固い契りを表す。これに対し後者は仏教の言葉で、死後は夫婦も他人も分け隔てなく浄土で会することを指し「人類愛に通じる」と説明する。漱石との「偕老同穴」を望む妻・鏡子と、清子。二人の間で揺れる漱石を、作中では子規が諭すのだ。

 これまで漱石の初恋の相手として名前が挙がったのは、親友・大塚保治の妻・楠緒子、幼少の漱石が養子に出された先の後妻の子・日根野れん、兄嫁の登世ら。戦後日本を代表する文芸評論家江藤淳らが唱えてきた説だ。しかし、荻原さんは自説に確信がある。漱石が清子との初恋を重ねて書いたと推測する小説『夢十夜』の「第一夜」で、死に際の女が寄り添う男に向かって発する名言<百年待っていてください>と重ね合わせて、「百年たったら、絶対に評価される」と。

 未知谷・四三二〇円。 (谷知佳)

 

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