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【書く人】

暮らしの実感 彩る言葉 『チェコの十二カ月』 画家・出久根育さん(49)

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 <紫がかった深紅の海の中から、鮮やかなオレンジ色が見えかくれ。そこへ、みじん切りの真っ白なたまねぎを加えると、ひとつひとつの切り口のふちが赤く色付き、今度は赤い縁取りをした窓が並ぶ街の風景となり>−。煮込み料理のボルシチを作る本書の中の一場面だ。絵本の世界で愛されてきた画家の出久根育さんが初めて出した随筆集は、読み手の視覚を目覚めさせる。「文章なのに色がきれい!」と讃(たた)えた女性ファンがいた。

 三十代の初めに手掛けた二作目の絵本『あめふらし』(グリム童話)が、スロバキアの首都ブラチスラバで催される世界絵本原画展でグランプリを受賞したのが二〇〇三年。その前年に結婚を機に日本を飛び出し、隣国チェコの首都プラハで暮らし始めていたのは全くの偶然だった。「子どもの頃からヨーロッパの絵本に親しんでいた」という出久根さんの受賞作は「日本人がどうしてこんな絵を描けるの!?」と審査員に驚かれたほど欧州の匂いがした。

 本書は、チェコでの近況を日本の編集者へのメールに書き添えるうちに、出版社のホームページで連載されるようになった文章をまとめた。暦のように季節と歩む十七篇は「東京っ子だった」出久根さんが自然とともにあるチェコの暮らしになじむ様子を伝える。春の復活祭では<季節をまるで実在する生き物のように見立て、送ったり迎えたりする行為には、おとぎ話にも通じる自然への親密さ>を感じ取った。<木も花も人間もみな同じ>と実感する中で<年をとってゆくのも素晴らしいことだな>と思うようになる。

 暴力に拠(よ)らずに社会主義から民主主義へと変革したチェコ人の気質が垣間見られるエピソードも登場する。通りすがりの青年に「木に登ってクルミを揺り落として」と頼むおばさんと、すんなり応じる青年。街中で出会ったばかりの出久根さんを「チケットが一枚余ってるから」とスメタナホールでのコンサートに誘う年配女性。「知らない人とでもそんな関係を持てるし、批判の声も上げられる。恥ずかしがらずに自分の意見で対応する姿を見て、私もそうしていいんだと自信が持てました」

 本書には挿絵も織り込まれているが「言葉だから表現できるものがあるかもしれない」と文章の魅力に気づき始めた。

 理論社・一六二〇円。

  (矢島智子)

 

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