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【書く人】

漱石の理論、その先は 『文学問題(F+f)+』 文筆家・山本貴光さん(47)

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 夏目漱石の著作の中でも難解とされる『文学論』を読解し、現代に再生しようと試みた。題名の一見不可解な「F+f」とは、同書の冒頭の文章に由来する。<凡(およ)そ文学的内容の形式は(F+f)なることを要す。Fは焦点的印象または観念を意味し、fはこれに附着する情緒を意味す>

 「漱石は『人間が認識すること』と『認識に伴って生じる情緒』の二つが文学の要素だと考えたんです」。例えば花や星は文学の題材になるが、情緒を伴わない数式などの場合だと難しい。「文学とは何か」という問いへの漱石の答えだ。

 「『文学論』でもう一つ重要なのは、文学は読者を幻惑するものだという主張です」。漱石は、人の感情を動かすテクニックを同書で網羅的に論じている。

 従来あまり注目されてこなかった著作だが、「『文学論』を読むかどうかで漱石の評価はだいぶ変わってくる」と話す。「漱石が創作活動に費やしたのは十年くらいなのに、多彩なバリエーションの作品を残した。人を幻惑させる多様な仕組みを論じた彼としては、それらを小説で試してみたかったんだと思います」

 自身が『文学論』を初めて手に取ったのは大学時代。いま読み直した動機を「人文学は役立たずで意味がないという風潮が強くなっていて、本当にそうなのか考えたかった」と話す。

 「ある小説を読んで情緒をぐらぐら動かされ、幻惑される体験は、ときに取り返しのつかない変化を人に与える」。人間に対する文学の効果と威力は明らかだ。「ただし、文学がどのように影響を与えるかということは、実はよく分かっていない」。心理学が生かされる『文学論』の更新を目指し、本書では認知科学やコンピューターサイエンスなどの諸学が、文学の謎にどうアプローチできるかの見取り図を示してみせた。

 本書は、本文と関連して「例を探してみよう」「この見立てはどこまで妥当か」などの「問い」が随所にあるのも特徴的だ。文学を学ぶワークショップに参加しているかのように、自ら考えながら読み進められる。

 漱石は『文学論』を「未完品」だと言っている。「小説や詩の世界では、従来の文学理論では捉えられない面白い実験が続いている。そうである以上、私の本も未完成です。読者が自ら考えたことを本に書き込んで、更新していってほしいですね」。

 幻戯書房・三八八八円。 (小佐野慧太)

 

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