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【書く人】

武士の世、始まりの理想 『修羅の都』 作家・伊東潤さん(57)

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 戦国時代や幕末・維新を舞台にした歴史小説を多数発表してきた伊東潤さんの新作『修羅の都』は、鎌倉幕府を開いた源頼朝と妻の政子の物語である。初めて鎌倉期に挑んだ理由をこう説明する。「西郷隆盛と明治維新をテーマにした三部作が昨年秋に出た『西郷の首』で完結したのですが、これは武士の世の終わりを描いたもの。では、武士の時代はどのようにして生まれたのかと考えて書き始めたのがこの作品です」

 鎌倉幕府の事跡をまとめた史書『吾妻鏡』では、建久七(一一九六)年から同十年に頼朝が死去するまでの記述がなぜか欠落している。本作の最大の特色は、この三年間の空白に光を当てたこと。老いによって頼朝がどう変わり、それが側近の北条義時や有力御家人たちとの関係、さらには朝廷工作にどのような変化をもたらしたのかを緊迫感のある文章で描いている。

 平家を滅ぼして武家政権を樹立した頼朝は次第に、武士の府を守ることよりも己の血脈を第一に考えるようになる。自分や義経の命を助けたために墓穴を掘った平清盛の轍(てつ)を踏まないように、敵対する者の血を根絶やしにしてきた頼朝が、晩年は清盛と同じように娘を入内させ、天皇の外戚になることを強く望むようになる。権力者の宿命と悲しさを感じさせるところだ。

 「頼朝は自分の血脈を脅かす可能性のある者はすべて殺した。その結果、一門の力が弱まり、人材がいなくなって、三代実朝で絶えてしまう。これに対して政子は、そのほうが武士の府のためになると思えば、自分の腹を痛めた頼家(二代将軍)を排除し、実質的な天下人の地位を弟の義時に譲るようなことができた。すごい女性だと思う」

 鎌倉時代から徳川幕府が崩壊するまで、七百年近く続いた武士の世とは何か。「それまで京都の公家や大きな寺社に奪われていた収穫物を、実際に生産した人たちの手に取り戻そうとして頼朝は挙兵した。開発領主であった武士たちの多くは農民と一緒に田畑を耕しており、つまりは額に汗して働いた者が報われる世をつくろうとしたのです。やがて武士が搾取階級になってしまうとそれが変質し、外圧もあって立ちゆかなくなったときに、西郷らによって倒されたのです」

 それから百五十年。額に汗した者が報われる社会は実現したのか。伊東さんは「今の政治はそうなっていませんね」と話した。

 文芸春秋・一九九八円。 (後藤喜一)

 

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