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【書く人】

脳が壊れ、分かった 『されど愛いとしきお妻様 「大人の発達障害」の妻と「脳が壊れた」僕の18年間』 文筆業・鈴木大介さん(44)

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 「はよーざまー」(おはようございます)。午後三時すぎ、パジャマ姿で茶の間に現れる妻。蜘蛛(くも)に気を取られ、テーブルに突っ伏し、猫と遊び…。何かに気を取られると注意がそれて、ひとつの作業が続けられない。著者の配偶者である「お妻様」は、「大人の発達障害さん」である。

 夫に共感して苦笑しつつユーモラスな文章を読み進めると…。実は夫婦で脳の病と闘う深刻な記録だと分かる。でも、著者は言う。

 「夫婦の奇跡、感動の物語。そんなふうにだけは読まれたくないんです。これはざんげ本。僕が妻にした加害と反省の記録です」

 なぜなら出会って十五年以上、「なんでこんなことできないの」と妻をなじり続けてきたからだ。三年前に自分が脳梗塞で高次脳機能障害になることで「やらないのではなく、やれない」のだと初めて気付いた。

 震災の年の秋、妻が「五年後の生存率8%」という脳腫瘍に倒れた。著者は徹夜仕事をこなした後、休憩もせず家事をする生活を続け、ついに自分も倒れた。

 これまで触法少年少女や犯罪加害者ら、見えづらい貧困を抱える当事者の声を聞き取って活字にしてきた。売春や性風俗で日銭を稼ぐ女性のルポ『最貧困女子』(幻冬舎新書)で注目された直後だった。

 コンビニの支払いで、小銭が数えられない。パニックに陥っていると、妻はこう言った。「ようやくあたしの気持ちが分かったか」

 窒息しそうな原因不明の苦しさが日夜襲う。感情の抑制が利かない。高次脳機能障害は、ほぼ「後天的な発達障害」だった。同じ苦しみを知る妻は、ひたすら背中をなでてくれた。

 取材相手の社会的困窮者の人々が抱える症状も、これとそっくりだった。「過酷な環境で脳に何らかのダメージを受けたら、きっとこうなる」と直感した。当事者の視点で『脳が壊れた』『脳は回復する』(いずれも新潮新書)を書いた。

 「それぞれの得意・不得意を知って、家事や生活全般で協力しあうことで、状況は劇的に改善しました」

 加齢や病気、事故、ストレスなどで、誰もが脳にダメージを受ける可能性がある。だが障害を見つめ、工夫して環境を調整していけば、苦しさは和らぐ。そのメッセージは、発達障害や認知症の家族がいる人だけでなく、私たち一人一人に役立つはずだ。

 講談社・一五一二円。 (出田阿生)

 

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