東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > Chunichi/Tokyo Bookweb > 書く人 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【書く人】

音楽、言葉で政治に対抗 『ミライミライ』 作家・古川日出男さん(51)

写真

 啓示はインドカレーを食べている時に降りてきた。日本がインドと一つの国になった世界。それを小説で書かなくては。

 「十秒後に『無理だ』と思いました。でも、カレーって五感を使って食べるじゃないですか。その時に浮かんだ発想なら、とことん苦しんで努力すれば書けるかもしれない。試みるべきだと思ったんです」

 そこから戦後の日本史を再編集、再構築する巨大な物語が生まれた。北海道はソ連に占領され、本州以南は冷戦下の地政学的判断から、インドとの連邦国家として主権を回復する。

 その世界を舞台に、二つの物語が進行する。終戦後もソ連との戦争を継続し、道内でゲリラ戦を繰り広げる抵抗組織。そして印日連邦に復帰した現代の北海道で、新しい音楽「ニップノップ」を生み出した四人の若者たち。小説は異なる時代を行き来し、DJが異なる曲をミックスするように展開していく。

 「東日本大震災の後、ものすごく戦中、戦前が近く感じられるようになったんです。その時間のゆがみを自分は好機と捉え、当時の時代に体ごと飛び込んで書くべきだと思いました」

 その執筆法は極めて特異といえる。「最初に、頭の中に登場人物がいる、世界が見えるわけです。何が起きているか知りたくて、近づいて話を聞く。旅をするうち、その世界のことがだんだん分かってくる。それを持ち帰って、原稿に書いて、読者と共有する。リポーターみたいな感じです」

 主人公のDJやラッパーたちは政治的な陰謀に巻き込まれ、容易に答えの出せない問題に直面する。「政治的な状況に政治で向き合うのでなく、音楽と言葉で立ち向かう。彼らの姿に、自分の作家としての思いを託しました」

 今年でデビュー二十周年の作家の口からは、鍛え抜かれた言葉がほとばしるような早口で飛び出てくる。小説の文体そのままに。

 震災直後は、<構想を立てて執筆するような種類の小説(もの)は、もう書けない>とも記した(『馬たちよ、それでも光は無垢(むく)で』)。しかし今回、初校を読み通して、前書きを付そうと決めた。<これは、私が、十年ぶりに築造しえた伽藍(カテドラル)のような作品なのだ>と。「構築されたものが建ったな」と思えたから。「現実の複雑さに拮抗(きっこう)するだけの構築物になったな」と。

 新潮社・二四八四円。

  (樋口薫)

 

この記事を印刷する

PR情報