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【書く人】

人生を総括するラスト 『小屋を燃す』 作家・医師 南木佳士さん(66)

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 健康のためによく歩き、四股を踏んで自分がいまどこにいるのかを確認する。表題作など四編から成る本書は、内科医として東信州の総合病院に四十年勤め、定年退職した作者の日常を伝える連作集である。

 三歳のときに肺結核で死んだ母、育ての親になってくれた祖母とその死、末期がんの患者の最期を看取(みと)る日々のなかで発症したパニック障害と鬱病(うつびょう)…。南木さんの読者にはおなじみの回想だが、それは「なんとか生きのびてきた」という感慨に濃く彩られている。

 南木さんは人生を往路と復路に分けて考え、五十の坂を越える頃から、人生の復路から見える風景を私小説風の作品にしてきた。では現在はどこを歩いているのかと尋ねると、「復路も終わりに近づいている。定年を機に、自分の往路と復路が全体としてどういうものだったのかを総括しておきたかった」と答えた。

 今回の作品集のなかで、近所の同世代の仲間五人で間伐材をきりだして小屋を建てるところや、六年後に解体して燃やす場面は、ユーモラスで楽しい。仕事の第一線を退いた初老の男たちが子どものようにイワナとりに興じ、山ぶどうを用いた自家製ワインで乾杯する。解体時には、既に他界していた二人も携帯電話で呼びだされ、車座になって熱燗(あつかん)の酒を酌み交わす。

 一九八一年の文学界新人賞受賞作「破水」でデビューして以来、人は死ぬものだという現実を直視して書いてきたのだが、今作では、人が生死の境を軽々と往還する。「亡くなった人たちが目の前に現れると考えても無理のない年齢になったような気がする。実際にそういう懐かしい人がいて、出てきてほしいと思う。一方で、残った三人もいつどうなるか分からない。何もかもが本当にあったことなのか、もしかしたら幻だったのではないか、というのが実感なのです」

 火が燃え尽き、降りだした雪に覆われて、小屋は跡形もなくなる。この美しいラストを読んで、本書の帯に記された「南木物語の終章」という言葉の意味が理解できた。これまで築いてきた自分の文学をきれいに解体し、新たな出発をするという宣言なのだろう。

 「そうなるかどうかはまったく分かりません」。本人はあくまで控えめだが、作家にとって、六十代、七十代は収穫期である。初期からのファンのひとりとして、新・南木物語の開幕を待ちたい。

 文芸春秋・一六二〇円。 (後藤喜一)

 

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