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【書く人】

「能力」は共有するもの 『知性は死なない 平成の鬱をこえて』 歴史学者・與那覇潤さん(38)

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 日本のグローバル化を近代以前にさかのぼって論じた『中国化する日本』(文芸春秋)が話題となり、メディアでも活躍。しかし二〇一四年の夏に、突然体調が急変し、日常会話すら難しくなった。躁(そう)うつ病(双極性障害)にともなううつ状態で、翌年に入院した。

 「研究・教育という分野で働いてきたから、能力がなくなることが一番苦しかった」。准教授として勤めていた公立大学も休職せざるをえず、昨年離職した。退院からしばらくして、少しずつ本も読めるようになった。統合失調症の友人ができたこともあり、病気を理解しようと精神病理学の本を読み始めた。

 本書には自身も「何のジャンルかわからない」と苦笑する。うつ病の解説から一気に国際政治の分析が始まり、随所で大学論が展開する。その理路は明晰(めいせき)で、タイトルのとおり知性の躍動を感じさせる内容だ。

 まず、うつの体験を通して人間の在り方に迫る。注目するのが「言語」と、感情や本能を含む「身体」の関係だ。「うつ状態では、いくら頭の中の言葉で命令してもうまく体が動かなかった」。うつとは<「自分」のありかたが、物体としての身体のほうに振れきってしまった状態>だと論じる。

 そしていまの世界にも、こうした兆候が見られると分析する。「理性的な言語での説得が通用しない現状は、うつ状態の際の頭と体の関係に重なって見えた」

 例に挙げるのはトランプ現象や英国の欧州連合(EU)離脱。知識人層が唱える理念や合理性が、社会によって覆された出来事だ。その末に「保護主義や人種主義が台頭し、俺たちの範囲はここまでだとして自他の間に線を引く、『身体』優位の時代が来ている」。

 処方箋として本書は「赤い新自由主義」という理念を提唱する。<社会的に能力を「共有」しつつも、自由や競争をそこなわない制度>を追求するという考えだ。根底には「能力を保持するのは個人ではない」という発見がある。入院中や復帰へのデイケアのほうが、在職中の教授会よりもはるかに、肩書に左右されず真摯(しんし)な言葉で議論していた。個人という単位で「有能であれ」とあおる昨今の風潮の死角を見たという。

 「人が輝くのは自己啓発や地位の獲得によってではなく、周囲とよりよく『能力を共有』できたとき。平成の大学にも蔓延(まんえん)した、他人を『能力不足』だと脅して支配する関係は、終わりにしよう」。

 文芸春秋・一六二〇円。 (小佐野慧太)

 

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