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【書く人】

分断の先 言葉で探る 『地球にちりばめられて』作家・多和田葉子さん(58)

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 「ちりばめられて」という言葉が好きだという。自宅の書斎で執筆中、台所で卵をゆでていたのを忘れ、鍋の中で卵が爆発した。「そこら中に白身や殻や黄身がへばりついて、天体のようにきれいだった」。地球上のあちこちに、文化の破片が散らばっていく。そんなイメージが湧いた。

 「欧州では移民をめぐって各国が対立し、以前のように『国境はない』という感覚はなくなった。でも、不法滞在の外国人という言い方はあれど、地球に不法滞在とは言いませんよね」

 そう話す多和田葉子さん(58)は、早稲田大卒業後に日本を離れ、ドイツを拠点に日独の言語で創作を続ける。世界中を旅する人だ。

 新作は、言葉を探して欧州を訪ね歩く若い男女の物語。若者たちの姿を通じて、言語とは、国境とは−という問いを投げかける。

 登場する一人は、日本とおぼしき祖国が「消滅」した女子留学生Hiruko。「最近の移民は流浪の民。ひとつの国の言葉を覚えても、またすぐ移動させられると不便だし」と、デンマーク滞在中に人工語を考案する。北欧の言語を組み合わせたスカンディナビアで通用する不思議な言葉だ。

 通じるけれど、どの特定の言語にも同化しない。そんな人工語の多重性は多和田さんの姿勢にも通じる。

 「ドイツ社会に同化するのではなく、日本文化を持ち続けながら対話したい。完璧なドイツ人になんてなれっこないし。私の存在意義は、異なる視点を持つことだと思っています」

 ドイツ語で意思疎通を図る時は、自明のはずの母語・日本語を、文化的な背景ごと解体する。たとえば日本語の「思わず」にぴったり当てはまるドイツ語はないが、理由は「日本と違い、全ての行動は意識的であり、結果に責任をとるという考え方があるから」。

 単語の響きにも敏感になる。インタビュー中、多和田さんは「人間からノケモノ(のけ者)にされたのがケモノ(獣)…」と歌うようにつぶやいていた。

 そして「言葉は大事です。だって言葉でしか、他人の精神や魂には触れられない」と語る。「ボーダーレスというのは、ローカルな物事に含まれる普遍性が、世界中で共感されることだと思うんです」。物語の結末は、分断の先にある未来が微(かす)かに光っているように思える。「続きはあります。七部作になっちゃうかも」と笑った。

 講談社・一八三六円。 (出田阿生)

 

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