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【書く人】

組織に挑む個人の信念 『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』 ノンフィクションライター・松本創(48)

兵庫県尼崎市の脱線事故現場近くで

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 「この人の思いに応えねば、この人の思いを記録しておかねば」。執筆の動機は使命感だったという。

 「この人」は、浅野弥三一(やさかず)さん。二〇〇五年のJR福知山線脱線事故で妻と妹を失い、次女も重傷を負った。にもかかわらず、悲しみも怒りも封印し、加害者であるJR西日本と遺族による事故の共同検証という異例の試みを実現させた。結果、「JR各社で最も安全追求に先進的」と評されるようになった。

 言葉では形式的な謝罪を口にするが、事実解明より組織防衛を優先する。そんな「官僚以上に官僚的」な組織を変えることができたのは、山崎正夫元社長ら、浅野さんの切実な思いを受け止められる人がJR西にもいたからだ。本書は、遺族が同社元幹部らと巨大組織の変革に挑む苦闘を追った。

 松本さんは浅野さんと旧知の仲だった。神戸新聞の記者時代に取材を通じて知り合い、交流を続けてきた。亡くなった奥さんのことも知っている。だから「記録するのは自分の役割だと思った」。松本さんにも強い思い入れがあった。

 「新聞の役割は物事をくくること、僕らの仕事はそれをほどくことやと思います」と言う。新聞やテレビの報道は、いま世の中に起こっている問題の仕組みを分かりやすくして社会に提示する。ノンフィクションは「みんなが知っているつもりの事実を『ほんまにそうかな』と見返して、もう一回その人に会って、『ほんまはどうなん』て聞く仕事」。時代の空気に流されやすい日々の報道と異なり「時間をかけないと分からないことが必ずある」。

 描いたのも、事故から十三年を経て明らかになる決して一面的ではない人々の物語だ。浅野さんにも弱さや寂しさはある。「JR西の天皇」と呼ばれた井手正敬(まさたか)氏のインタビューは本書の白眉だが、彼にも彼なりの論理がある。「ここに出てくる人に、組織の趨勢(すうせい)が決まってから尻馬に乗るような人はいない。どの人にも組織を変えていく信念を感じました」

 JR西ではいまも事故や重大なトラブルが起きる。「組織が変わるのは、それほど難しい。でも、個人の信念をどう貫けるかで組織の論理は変えられる」

 財務省の公文書改ざんや日大アメフット部の問題を持ち出すまでもない、普遍的なテーマだ。

 東洋経済新報社・一七二八円。 (森本智之)

 

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