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【書く人】

優しさに自然が応える 『人の心に木を植える「森は海の恋人」30年』 カキ漁師・畠山重篤さん(74)

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 森は海を海は森を恋(こ)いながら悠久よりの愛紡ぎゆく

 宮城県気仙沼市在住の歌人・熊谷龍子(くまがいりゅうこ)さんの歌だ。気仙沼湾でカキ養殖業を営む漁師の畠山重篤さんたちは、この歌から生まれたフレーズ「森は海の恋人」を合言葉に、湾に注ぐ大川上流の室根山(むろねさん)に落葉広葉樹を植える活動を一九八九年から続けてきた。その活動が三十年目を迎え、軌跡や思いをまとめた。

 「私が最初に考えた合言葉は『ワカメもカキも森の恵み』っていうんです。仲間がそれじゃ暗い、色気がないって言うんですよ。色気がないって、人の心を震わせないってことですよね」。上京した際に東京都内で会った畠山さんは、活動を始めた当初、熊谷さんにスローガンをお願いした経緯を苦笑いしつつ語った。

 活動は小・中学校の教科書にも取り上げられ、森と川と海のつながりは広く知られるように。しかし二〇一一年三月、東日本大震災が起き、気仙沼も大きな被害を受けた。「あの時は、絶望でしたねぇ…さすがに。おふくろを亡くしましたからね」。畠山さんは三歳の孫を抱え高台へ逃げたが、街の施設にいた九十三歳の母は津波で帰らぬ人に。海には大量の油が流れて生き物の気配が感じられず「もう終わりか」と全身から力が抜け、しばらく家に閉じこもってしまったという。

 だが、ひと月半後、孫に教えられて海を見ると、数匹の小魚が泳いでいた。山に木を植え続けて上流の川と背景の森の環境を整えてきたことが功を奏し、魚たちが戻ってきたのだ。そんな体験を経て得た確信を、畠山さんはこうつづる。<人の気持ちがやさしくなれば、自然はちゃんとよみがえってくるのです>

 「三十年やってきて気が付いたのは、結局は人間に還(かえ)るということ。科学的な裏付けがわかっても、人間が自然を壊すような生活をしていたら、自然はよくならない」。畠山さんたちは体験学習を通し、これまで一万人以上の子どもたちの心の中に木を植えてきた。いわば「やさしさの木」だ。「大切なのは人の心、子どもたちの心に木を植えていくこと」。そんな思いをタイトルにも込めた。

 海や山で遊んだ少年時代や「森は海の恋人運動」のことを書き、二〇〇〇年に出した『漁師さんの森づくり』の続編でもある。児童書だが世代を超え心に響く。

 講談社・一四〇四円。

 (岩岡千景)

 

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