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【書く人】

重なり合う現在と過去 『TIMELESS(タイムレス)』 作家・朝吹真理子さん(33)

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 そのタイトルが意味するのは「永遠」か、「時を超える」か。芥川賞を受賞した『きことわ』から七年ぶりとなる新刊は、自身初の長編小説。執筆にかけた長い時間が結晶したかのように、透明な印象を残す一組の男女の、そして家族の物語となった。「『きことわ』を発表した翌月の打ち合わせで『TIMELESS』という言葉が浮かんでいた。以来ほとんどの期間、この小説のことを考えていました」

 最初に頭に浮かんだ光景は、薄(すすき)野原の中にいる男女の後ろ姿だった。親密そうだが、恋人同士というふうにも見えない。「どういう人たちなんだろう、と書き始めてみたが、なかなか顔が見えてこなくて、彼らのいる場所も分からなかった」

 恋愛感情を持たない女性うみ、好きな人との間には子どもをつくらないと決めている被爆三世の男性アミ。主人公二人の断片的な姿は見えたが、冒頭の数行が定まらず、書いては消してを繰り返した。「物語が始まり続けるばかりで進まない。泡がぷつぷつ出ては消えるのに似ていて、そのうち時間がたちました」

 転機となったのは二〇一五年夏、本紙が企画した歴史家の磯田道史(みちふみ)さんとの対談だった。帰り道、六本木を走るタクシー車内で不意に「このあたりは江戸時代に江姫(ごうひめ)が火葬された場所なんですよ」と教えられた。大量の香木がたかれ、煙ははるか高くたなびいたという。「その瞬間、車窓を紫色の雲のような煙が流れていくのが見えたんです。現在と過去が重なり合い、六本木が四百年前の麻布が原でもあるように感じた。うみとアミはここにいたんだと確信を抱きました」

 そこから物語が動き始めた。うみとアミは互いに愛情を抱かないまま夫婦となり、「交配」して子をなす。後半の第二部では、十七歳に成長した二人の息子アオが、奈良の満開の桜の下で自らの生い立ちを振り返る。昔といまが物語の中で交錯し、時間の概念が曖昧になっていく。

 決して設計図に基づいて構築された小説ではない。そういう小説は書けないと作家は照れたように語る。「小説って個人の考えでどうにかできるものでなく、書く運動の中で生まれてくるものだと思います」

 書名はひょっとすると、読者の気持ちの代弁かもしれない。「時を忘れ、いつまでも読んでいたくなる」。そんな一冊だ。

 新潮社・一六二〇円。 (樋口薫)

 

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