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【書く人】

憧れの人へ 思いあふれ 『須賀敦子さんへ贈る花束』 詩人・北原千代さん(64)

母校の同志社大学で

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 『ミラノ 霧の風景』『トリエステの坂道』などイタリアを舞台にした随筆で数多くの読者を魅了した須賀敦子さん(一九二九〜九八年)が六十九歳でこの世を去って二十年が過ぎた。節目の年の今年、関連する本の刊行が相次いだが、没後にその存在を知り、のめり込む書き手も現れた。昨年、詩壇の芥川賞ともいわれるH氏賞を六十二歳で受賞した北原千代さん。須賀さんへの思いをつづった随筆集を夏の終わりに出版した。遅咲きの詩人といえる北原さんだが、須賀さんも『ミラノ…』で女流文学賞などを受賞したとき六十二歳になっていた。

 出会いは二〇〇一年ごろ。須賀さんの書評などを集めた文庫本『本に読まれて』を紹介する女性誌の記事に目が留まった。四十代後半になり、自分の人生を見つめ直したときに「女性の生き方の見本が欲しかった」のだという。須賀さんが薦める本を読むうち、須賀さん自身の著作に興味が湧いた。<出会ってすぐ、息づかいのじかに伝わる、語りかけるような文章の虜(とりこ)になった(略)須賀さんはすでにこの世にいなかったが、言葉は(略)生きて呼吸していた>

 同じころ、長い間遠ざけていた詩作を再開。高校時代の友人に「今も詩を書いているの?」と聞かれたことがきっかけだった。「詩が手応えを感じられる場所だった」と気づき、体の不調を抱えながらも「本当に好きなことをしないでどうする」と作品の投稿を始めた。これまでに四冊の詩集を刊行。手作りの個人誌には須賀さんにささげる文章も載せ、今回の出版につながった。

 須賀さんは<詩人のたましいを持っていた>と指摘する。幼いころ<詩人になるほか、選ぶ道はない>と思っていた須賀さんの、言葉のリズムや音の美しさにそれを確信する。須賀さんを語る文章の中には自身の体験も潜ませた。バレエ団でピアノ伴奏をしていたときに知り合ったハンガリー人ダンサー、家族で暮らしたドイツの、処刑場跡につながる坂道ですれ違った日本人青年…。「憧れるあまり似てきてしまった」という文章は、須賀さんの作品世界と境目が消えていた。

 自身もクリスチャン。「天国でお目にかかれたら『もっと勉強してから書きなさい』ってしかられるかもしれない」と恐れる。でも、書かずにはいられなかったのだ。

 思潮社・二五九二円。

 (矢島智子)

 

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