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【書く人】

自然の中で得た実感 『母の教え:10年後の「悩む力」』 政治学者・姜尚中さん(68)

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 百万部を超えるベストセラーになった『悩む力』から十年。個人と社会と自然を大きな視点で語るエッセーとして、シリーズの最新作を書き上げた。

 この十年で愛する息子を亡くした。東日本大震災で自然の脅威を痛感した。そんな中で思うところがあり、首都圏のベッドタウンから長野県の高原へと移住。家庭菜園を営みながら、妻や猫と静かな暮らしを送るようになった。間もなく迎える古希。「人生がファイナルステージに入ったと感じます」。情報番組などのコメンテーターとしても知られるが、今後は執筆活動に力を注ぎたいという。

 前作では「他者」と「自我」のはざまに生じる悩みといかに折り合うかを説いた。しかし、今回はそれらを包み込むような自然の偉大さを描いている。「自然に目を向けることで対人関係を相対化させることができる。自分に対しても心地よい距離感を持てるようになりました」という。

 敬愛する社会学者のマックス・ウェーバーや文豪の夏目漱石の思想と作品から、現代社会を生き抜くヒントを得てきた。ただ、本書で最も印象的なのは、読み書きが不自由だった亡き母の言葉だ。「偉か人も、そうでなか人も、金持ちも、貧乏人も、みんな口から入れて尻から出すと。そがんせんと生きていけんとだけん」。人は歩く食道である−。土を耕し、花をめで、山菜を食する日々の中、その言葉の確かさと深さを実感している。

 朝鮮戦争が始まった一九五〇年に生まれた。在日二世として多感な青年期を過ごし、韓国の民主化を求めてハンガーストライキをしたこともある。以後、南北を隔てる北緯三八度線が消える日を心待ちにしてきた。「太陽政策」で北朝鮮との融和を図った韓国の故金大中(キムデジュン)元大統領との交流も、本書で振り返っている。

 昨年、金氏の流れをくむ文在寅(ムンジェイン)大統領が誕生した。ののしり合っていた米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長も一転、握手を交わした。半島情勢は大きく変わりつつあるように見える。しかし、そんなニュースに一喜一憂せず、距離を置いて眺めているという。

 「若い頃は急激な変化があると信じていた。でも、今は歴史が『飛躍』しないことを知っているので…。でも、大きな流れはきっとよい方向にゆくでしょう」

 集英社新書・九〇七円。 (岡村淳司)

 

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