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【書く人】

あるがままに生きる 『明恵(みょうえ) 栂尾(とがのお)高山寺秘話』(上)(下) 作家・高瀬千図(ちず)さん(72)

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 釈尊の悟りの世界を示した華厳経(けごんきょう)の中興の祖とされる明恵上人(一一七三〜一二三二年)。本作は源平争乱から鎌倉幕府の成立、承久の乱に至る激動の時代を生きた明恵の生涯を描く歴史小説である。上下巻合わせて千ページの大作だが、少しも長さを感じさせない。それは戦乱や飢饉(ききん)に苦しむ民衆を救済するため、厳しい修行に打ち込む明恵や若き弟子たちのひた向きさが繰り返し、すがすがしい感動を呼び起こすからだ。

 明恵は紀州有田の武家の生まれ。八歳のときに母が病死し、父も関東で挙兵した頼朝を討伐するために出陣して戦死。翌年、出家していた伯父の師・文覚(もんがく)上人がいた京都高雄の神護寺(じんごじ)に入る。やがて密教の修行と経典研究の両道に通じた高僧といわれるようになり、華厳経復興の場として、後鳥羽院より神護寺の奥にある高山寺を下賜された。

 高瀬さんは三十年ほど前に初めて高山寺を訪れ、明恵が住まいにしたとされる石水院の静かな佇(たたず)まいに心をひかれた。それが明恵に関心を持つきっかけになった。十年後に執筆を始め、完成までに二十年を要した。

 「今の人は、個性とか自己表現とか、自分を認めてもらうことにこだわるけれど、明恵は、何者でもなく生きることが尊いのだと言っている。八百年も前に、何てすごい人がいたんだろうと感心したのですが、偉大な思想家の内的な成長のプロセスを知るには、私自身が追体験をしなければなりませんでした」。華厳経を熟読したのはもちろん、瞑想(めいそう)や菜食を実践し、三年にわたり寺で密教の修行に励んだ。

 こうして書き上げた明恵の最大の魅力を問うと−。「仏教の眼目は、幸せに生きなさいということ。明恵と弟子たちは生涯をかけて、みんなが幸せになれる方法を探し続けたのです。すべてはあなたの心がつくり出す。だから、我欲を捨てて、とらわれることなく生きるときに、あなたの如来(にょらい)が生まれる。つまり、自分自身をよく見つめて、あるがままに生きなさいと彼は言うのです」

 高瀬さんは一九八四年、生まれ育った長崎の海辺の村が舞台の第一作「イチの朝」で芥川賞候補に。続く「夏の淵」で新潮新人賞を受賞。その後、歴史小説に移り、菅原道真の実像に迫った『道真』、『龍になった女−北条政子の真実』などを書いた。東京の喧噪(けんそう)を嫌って信州に転居、八ケ岳山麓の森の一軒家に住む。

 弦書房・各二三七六円。 (後藤喜一)

 

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