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【書く人】

都会で頑張る人の側に 『そばですよ 立ちそばの世界』エッセイスト・平松洋子さん

東京・虎ノ門の峠そばの前で

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 男性専科などという言葉はとんと聞かなくなった今も、立ち食いそばののれんをくぐる女性は少ない。だから、スタイリッシュな平松さんが東京の立ち食いそば二十六店を取材したこの本を出すと「意外!」という反応が相次いだ。「逆にびっくりしちゃいました。私の中ではすごく自然なことだったから。知れば知るほど豊かな世界を、ものを書く人間なら書いてみたいと思うでしょ」

 二〇〇六年に『買えない味』でドゥマゴ文学賞を受賞し、食文化を中心に執筆してきた平松さんだが「食べ物にこだわっているわけではない」という。「食べ物を手掛かりにして見えてくるものを書いてきました」。大学時代に社会学のフィールドワークから出発し、描きたいのはその先にあるものだった。

 本に登場するのはチェーン店ではなく“個人の味”を守る店。<早朝からだしを引き、つゆをこしらえ、天ぷらを揚げ、自分の味を地道に守る店ばかりだ>。「一軒一軒が個性的で一つとして似た店がないのは驚異」という。地価や物価の高い東京で、一杯三百〜四百円の値段でおいしさを追求する。「お客さんとの真正面の勝負で、大変な仕事。取材するほど敬意を抱きました」

 行間からだしの香りとともに立ち上ってくるのは、働く人のにおいだ。「ひとの口に入れるものを出すって命を預かっているのとおなじでしょ」(白河そば)。「『家族のために』『自分の将来のために』って、夜と昼を逆さにして働いているひとたちに食べてほしい」(そば千)。「いまの東京は世界一外食の値段が安くて(略)そのなかでの競争になるわけで、一切手は抜けません」(よもだそば)。「ものづくりの一番大事なところは、売れる売れない、成功するしないじゃなくて、タマシイの入り方だと思う」(港屋)。「一番おいしいものつくるのが自分の仕事。それができないと仕事してる意味ない」(福そば)

 取材の日、本でも紹介している「峠そば」に平松さんと一緒に入った。カウンター越しに注文を受け、客の目の前でそばをゆで、てんぷらを揚げる。客は出来上がりを静かに見守る。湯気とともに温かい空気に包まれて「人恋しくなったらここに来よう」と漏らすと「都会の止まり木のような場所なのよ」と平松さんが言った。本の雑誌社・一八三六円。 (矢島智子)

 

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