東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > Chunichi/Tokyo Bookweb > 書評 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【書評】

感情化する社会 大塚英志 著  

写真

◆「つぶやき」と「文学」の距離

[評者]仲俣暁生=文芸評論家

 インターネット上のSNSで日々つぶやかれている言葉や、天皇が生前退位への意向を語った「おことば」への国民による圧倒的な支持と、現在の「文学」の言葉とは、いったいどのような関係にあるのか。本書はこれらを「感情化」というキーワードで分析する。「社会論」と「文学論」の二部構成をとりつつも、社会と文学(あるいは政治と文学)との間のリンケージが失われたことを、あくまでも「文学」の問題としてとらえているのだ。

 感情化という主題は、社会論としてはひとまず「感情労働」の問題として扱われる。これが「物語労働」という概念を介して文学論へとブリッジされる際のキーワードは、ネット上の各種ITサービスを意味する「プラットフォーム」だ。マクドナルドの店員が「スマイル」を0円で提供するのと同様、プラットフォーム上の投稿サイトにあふれる小説作品は、対価のない労働の成果物であり、その実質はポストフォーディズム的な感情労働と同様の「物語労働」にすぎない。そうした事態は、著者自身がかつて説いた「物語消費」の先に現れたものであるがゆえに、この立論には説得力がある。

 元「少年A」の手記に濃厚に立ちこめる心象風景=「内面」を小林秀雄の初期小説と対比しつつ、そこに「文体」が存在する点では又吉直樹の『火花』より「文学」的であると評価したり、村上春樹と百田尚樹の作品がともに歴史修正主義ともいうべき構造をもつことを指摘したくだりも刺激的だ。

 ネット上の「つぶやき」や、AI(人工知能)が自動生成するテキストは「口承文芸」的な物語を復活させつつあり、ポストモダニズム文学の理想とした「作者」の死を完全に実現した。ビッグデータによって小説が書かれる時代には、「編集者」も「批評家」も死に絶えるだろう。著者一流の露悪趣味を交えつつ、「文学」の側はこうした事態をどう考えるのかという問いを、本書は鋭く突きつける。

 (太田出版・1620円)

<おおつか・えいじ> 1958年生まれ。批評家。著書『「おたく」の精神史』など。

◆もう1冊 

 大塚英志著『物語消費論改』(アスキー新書)。ネットやウェブの登場に伴って肥大する情報に動員される「物語消費」的大衆を論じる。

 

この記事を印刷する

PR情報



ピックアップ
Recommended by