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【書評】

失われた宗教を生きる人々 ジェラード・ラッセル 著

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◆少数派が守る教義の深奥

[評者]臼杵陽=日本女子大教授

 ヤズィード教徒という名に聞き覚えのある読者は少ないだろう。IS(イスラム国)がイラク北西部に住むこの異教徒の女性を奴隷にしたという報道を記憶している人はいるかもしれない。中東は文明発祥の地であったため、古代以来ムスリム以外にも様々な宗教的・言語的少数派が存在している。

 本書はアラビア語に堪能な元英国外交官が中東各地で今も生きている少数派の人々の生活の場を訪ね歩き、その姿を生き生きと描いたエッセイである。他にもイラクのマンダ、イランのゾロアスター、レバノンのドゥルーズ、ヨルダン川西岸のサマリア、エジプトのコプト、パキスタンのカラーシャといった知られざる少数派を取り上げる。エピローグではイラクの戦火から逃れて米国のデトロイトに辿(たど)り着いたアッシリア、カルデア、ネストリウスといったキリスト教諸派あるいはパレスチナ人などの難民にも言及する。

 少数派は決して「生きた化石」ではない。紛争の続く中東の苛酷な現実政治において差別・迫害の中でも信仰を守りつつ逞(たくま)しく生きている。原題は「忘れられた諸王国の継承者−消滅しつつある中東の諸宗教への旅」である。本書は原題に示されているように、歴史と現在を交差させつつ、存在自体が危うくなりつつある少数派がひたすら守り続けてきた伝統に息づく「古代」を探り当てる「旅」でもある。

 例えば、シリア、レバノン、イスラエルにまたがって住むドゥルーズ派というイスラムの一宗派がある。門外不出とされる教義を、人々との会話を通して、ピタゴラス、輪廻転生(りんねてんしょう)といったキーワードを切り口にして謎解きのように明らかにしていく。推理小説を読んでいるような興奮を覚える。

 著者は昨今の世界的な排他主義に抗して、文明は他者に開かれた場所であればあるほど高度に繁栄するのだと確信している。そんな寛容こそがいま求められている。少数派への温かい眼差(まなざ)しで書かれた貴重な記録である。

 (臼井美子訳、亜紀書房 ・ 3996円)

<Gerard Russell> 中東諸国に15年間勤務した英国の元外交官。

◆もう1冊 

 J・バーキー著『イスラームの形成』(野元晋ほか訳・慶応義塾大学出版会)。古代末期から中東がイスラーム化する歴史をたどる。

 

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