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【書評】

血と肉 中山咲 著

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◆関わるほど傷も深く

[評者]伊藤氏貴=文芸評論家

 ホテルとホスピタルは同じ語から派生したものだが、ホスティリティー(敵意)もまた同根である。客と敵とは裏で繋(つな)がっている。他者同士が、上っ面でなく、互いの内側深くまで関わろうとするときには、その分だけ憎しみも必然的に生じうるということだ。ホテルとは、心づくしの場所でありつつ、そこで築かれる関係の深さゆえに、ひとたび決裂すれば擦過傷では到底すまない戦場となる。血が噴き出し、肉が飛び散ることもある。

 社内不倫で妊娠した光海(みつみ)は、シングルマザーになる決意を胸に、相手の家庭を破壊した上で、一人逃げるように海辺のうらぶれたラブホテルに住み込みで働くことにした。ここを訪れる人びともわけありらしいが、他の従業員たちもまたそれぞれ個性的な「わけ」を抱え、何よりオーナーの老婆は、何の資格あってかホテルの一室でミサをとり行う。そこで告白すれば罪は赦(ゆる)されるのだが、それはまず老婆自身のためのものでもあった。

 老婆に初め温かく迎えられた光海は、お腹(なか)の子が大きくなるにつれて食の好みが変わり、老婆の嫌う臓物系を目の前で頬張る。二人の関係が歪(ゆが)みはじめる。

 ミサの場面で、最後の晩餐(ばんさん)のイエスの聖体=血と肉の話を出さないのは少しもったいない気もするが、心理にかぎらず描写は巧みで、凄惨(せいさん)なラストシーンに漂う血と肉の匂いには戦慄(せんりつ)さえ覚えた。

 (河出書房新社・1512円)

 <なかやま・さき> 1989年生まれ。作家。2006年に「ヘンリエッタ」で文藝賞。

◆もう1冊 

 中山咲著『ヘンリエッタ』(河出書房新社)。ヘンリエッタと名づけられた家で、女性三人が共同生活をする物語。

 

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