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【書評】

フンボルトの冒険 アンドレア・ウルフ 著 

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◆総体としての自然の発見

[評者]春名徹=ノンフィクション作家

 アレクサンダー・フォン・フンボルト(一七六九〜一八五九年)はプロシアの貴族の家に生まれた。植物学や鉱山学を学び、鉱山監督の職につく一方、植物の研究者でもあったゲーテを囲む知的グループのなかで頭角を現した。

 彼は一七九九年から一八〇四年にわたって南米探検を行い、多くの植物標本、スケッチ、地磁気観測の結果などをヨーロッパへもたらした。

 しかしこの大旅行の本当の成果は、より重大な発見−自然という存在を総体として把握したことにあった。人間を含むあらゆる自然が相互に関連しあっているというこの認識を、彼はのちに「生命の網(ウェブ・オブ・ライフ)」と呼んでいる。

 神が人間のために自然を作りあげ、自然は人間に奉仕すべきだと考えられていた時代にあって、これは画期的な思考の転換であった。さらに彼は農業が環境に及ぼす影響や、南米のスペイン植民地における奴隷制度の欠陥など歴史的、社会的な観察も行っている。

 その後、主にパリを舞台に講演や調査、研究活動を続けたが、それは南米で得た自然観を体系化する努力ともいえる。二十年あまりを費やして『コスモス』五巻を完成し、間もなく八十九年の生涯を閉じた。

 科学が専門化にともなって細分化してしまった現代からみると、フンボルトは文字どおり「知の巨人」と呼ぶにふさわしい。

 本書は、この類(たぐい)まれな人物の矛盾と波乱の生涯を描いた伝記であるとともに、その及ぼした影響を広く論じている。直接的にはダーウィンの進化論やソローなど多くの文学者の自然観、さらには今日、「自然環境論」や「自然保護」とよばれる自然にかんする分野はいうまでもない。他方ではスペイン植民地からの南米解放を指導したシモン・ボリバルのような人へも大きな影響を与えた。彼が人類に与えた大きな刺激は、改めて知性にたいする信頼を呼び起こすのである。

(鍛原多惠子訳、NHK出版・3132円)

 <Andrea Wulf> 英国の作家・歴史家。著書『金星を追いかけて』など。

◆もう1冊 

 フンボルト著『フンボルト 自然の諸相』(木村直司編訳・ちくま学芸文庫)。五年に及んだ南米探検の記録と科学エッセーを収める。

 

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