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【書評】

遊戯の起源 増川宏一 著

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◆競わず自由に無為に

[評者]岡村道雄=考古学者

 人が生きる上で欠かせない遊びについて、著者は長年研究してきた。内外の博物館を巡り、資料を実見して遊びについて論じてきた。本書は歴史学・考古学などの分野での研究成果を踏まえて、人が遊びを介してどんな知恵を発揮し、社会活動をしてきたのかを興味深く語る。

 本来、人は自由に楽しく生きることができ、特に遊びを必要としなかったと、評者も思う。旧石器・縄文時代以来、人は自然・神々の一員として循環の生を生きた。つい最近まで子供は、自然を相手に魚や昆虫や木の実取りに興じて、生きる技を磨いていた。定住して村を作った縄文時代には装身具を含めた祭りの道具、鈴や琴などの楽器を作った。弥生時代には手工業が登場、やがて商工業が発達し、権力者が生まれて社会は複雑になった。管理・競争から自由になるため、近現代人は余暇・遊びを必要としたのだ。

 遊びは遊戯具の発達を促した。日本では古墳時代の力士埴輪(はにわ)、奈良時代には囲碁・将棋・双六(すごろく)が始まり、それらは中世には賭博性が強くなり流行した。そして明治の近代化、戦後の高度経済でさらに遊びは多様化し、競い合いや刺激性が強くなった。そんな遊びの歴史の進展に対して、狩猟採集民の競わない「無為の遊び」の概念は面白い。それが遊びの起源ならば、没頭し過ぎて自由や余裕を失う悪循環もないななどと思いながら読んだ。

 (平凡社・3888円)

 <ますかわ・こういち> 1930年生まれ。遊戯史研究家。著書『将棋』『賭博』など。

◆もう1冊 

 ロジェ・カイヨワ著『遊びと人間』(多田道太郎ほか訳・講談社学術文庫)。遊びの本質と意味を考察した古典的名著。

 

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