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【書評】

反戦後論 浜崎洋介 著

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◆「偽善と感傷」の文学超えて

[評者]川村湊=文芸評論家

 <戦後離れ>が加速している。単なる戦後ではなく敗戦後だとか、ポスト戦後といった言葉も、もはや廃語となりそうな勢いだ。そんな中で、「反戦後」を標榜(ひょうぼう)する本書は、それでも戦後(文学や思想)に、一定程度のシンパシーを抱いているのかもしれない。何しろ取り上げられているのが、三島由紀夫、坂口安吾、福田恆存である。これらの文学者が「戦後」を体現し、その中を生き抜いた表現者であったことは誰も疑わないだろう。中上健次にしろ柄谷行人にしろ、「戦後(文学)」の否定者というより、その完成者であり、その命運にトドメを刺したのだ。

 「政治と文学」という問題設定は失効した。「偽善と感傷」の、左翼主流の戦後文学は、解体し尽くされた。それは、福田恆存、吉本隆明、江藤淳、柄谷行人、加藤典洋らの批評家の「戦後(文学)」批判によって、自己批判的に乗り越えられた。だから、著者のこんな言葉に評者は躓(つまず)く。

 「ところで最後に、『日本の右傾化』と言われる現在の事態についてですが、すでにお分かりの通り、それは戦後という『偽善』と『感傷』が機能不全を起こし始めたということの兆候でしかありません。それはただ、ようやく私たちが物事の本質を考えるための前提に立ち始めたということを意味しているだけです」

 しかし、福田恆存が「戦後」の「偽善と感傷」を批判したのは、滔々(とうとう)たる左傾化の潮流の中で、孤独な単独者としての言だ。三島由紀夫の覚悟の自死が、時の社会・文化状況の中で、「発狂」とまで罵(ののし)られたことを、評者は覚えている。真っ赤な嘘(うそ)と、破廉恥な言い逃れと、反知性的な悪口雑言と阿諛追従(あゆついしょう)に満ちた今の政治・社会・文化状況を、彼らが認めるとは思われない。

 「戦後(文学、思想)」に対する真っ当な批評的な総括と、“今の”文化や政治状況の「右傾化」に棹(さお)さす著者の姿勢とが<政治と文学>の間で大きな乖離(かいり)を生むことを、評者は危ぶむ。

(文芸春秋・1944円)

<はまさき・ようすけ> 1978年生まれ。文芸批評家。

◆もう1冊 

 加藤典洋著『敗戦後論』(ちくま学芸文庫)。戦後の文学作品を論じながら、大戦の死者の弔いや憲法に対する意識のねじれを指摘。

 

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